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ついに封印が解かれる ! ? 『オバケのQ太郎』が復刊!

1980年代後半以来、長らく絶版状態にあったマンガ『オバケのQ太郎』の封印が解かれるようだ

2009年7月3日付朝日新聞夕刊によると、24日から刊行される「藤子・F・不二雄大全集」に、オバQが収録されるのだそうだ。あの名作の数々が、およそ20年ぶりに陽の目を見ることとなる。いつかこんな日が来ることを期待していたのだが、まさか実現するとは思ってもみなかった。

封印の原因については諸説紛々ではあるのだが、大きく、(1)黒人差別問題、(2)藤本氏と安孫子氏の著作権問題という説がある。

(1)については、「国際オバケ連合」に登場するウラネシヤ(国名)代表のオバケ、ボンガの描写や、ボンガに対するアラスカのオバケ、アマンガの発言が最も取り沙汰されている。確かに、ボンガのキバのような歯であったり、アマンガの「バケ食いオバケ・・・人間でいえば人食い人種にあたる」などの箇所は、問題視される要素がないとは言えないだろう。

(2)については、安藤健二著『封印作品の謎 2』(太田出版)で、著者渾身の取材が試みられている。氏によると、原因はこの(2)によるものであるようだが、詳細は深い闇に包まれよくわからないと、結論付けられている。関係者の口の重さ、タブー感は、相当のものだったとのことだ

ということで、ここ20年、『オバケのQ太郎』は古本市場でしか入手することができなく、かなりの高値が付けられていた。主要な版は、下記の3つである。

<1> 虫コミックス版 全12巻 虫プロ商事株式会社刊 (最終巻初版 1970年6月30日)

<2> てんとう虫コミックス版 全6巻 小学館刊 (最終巻初版 1977年4月25日)

<3> 藤子不二雄ランド版 全20巻 中央公論社刊  (最終巻初版 1987年7月17日)

ヤフーオークションにおいての相場で言うと、それぞれ1巻あたり、<2>が数百円、<3>が数千円、<1>は1万円以上、といったところだろうか。

私は小学生時分に、緑色の表紙の<1>を所有していた。だが、「大人になったらマンガは卒業するものだ」という時代と親の圧力に負け、中学生のときに最終巻12巻のみ残して処分してしまった。多感な中学生時代は、子ども扱いされることだけは避けたかった。この微妙な時期の心理を、狙い打たれてしまった格好だ。

その後、とはいえまたオバQの数々の作品を読み返してみたくなる。さらに、実は自分たちの世代にマンガは欠かせないものだという共通認識による、マンガの市民権も広がってくる。そんななかで、高校、大学生になって<2>を購入する。しかしこれは、<1>の半分の6巻本だ。物足りない。

その後、1990年代になって、オバQが絶版状態になっていることを知る。そうすると、自分を構成する要素の一部分が欠落したかのような気になり、手遅れにならないうちに全巻を集め直したくなる。そんななかで、<3>の存在を知る。

そうこうしているうちに、様々なインターネットのサービスが世の中に普及してくる。ヤフーオークションにも登録すると、垂涎の作品たちが値段を付けて落札を待っている。ある日、<3>の全巻が2万円という格安価格で出品された。これを、12万円までという上限を自分で設定し、最後2名のバトルの末、84000円で落札したのが4年前の2005年だった

「藤子不二雄 at RANDOM」というサイトによると、オバQの単行本収録作品全279話のうち、<3>は277話をカバーしているという。残りの2話のうち1話はてんとう虫版で保有しており、この時点で、保有していないのは残るは1話のみとなったのだ。

余談だが、この<3>については、やたらとオリジナルの改変が見られる。その改変の方向性が首を傾げざるを得ない。

例えば、私がオバQの最高傑作の1つだと思っている、「おしうり入門」での改変だ。

オバQが一般ご家庭に押売りに行くと、「押売りお断わり」という手書きの看板が出ている。オバQはこれを見て、(振り仮名が振ってあるにもかかわらず)、

「リ、オ・・・ワ、リ。ほかの字はわからない。」

と言ってずうずうしく家に上がる、というのが原作であろう<1>の内容だ。

ところが<3>は、あろうことか「断わる」を「断る」と表記統一をしたようで、「押売りお断わり」の「わ」を取って「押売りお断り」と改変し、(手書きの看板は活字になり、)さらにこの流れで、オバQの台詞からも、

「り、お、・・・・・・り」

と「わ」を取ってしまったのだ。(しかもひらがなに改変されている。)

もちろんこれは著者の承諾がなければ、著作者人格権の重大な侵害にあたる。百歩譲って、著者に包括的な承諾を得ていたとしても、この、「リ、オ・・・ワ、リ。」というリズム感によるオバQのマヌケさを愛しく感じていた私のような愛読者に対して、失礼極まりない。

また、「もしもぼくが○○だったら」においては、こんな改変がある。

オバQが、自分が誰々だったらと夢想しているうちに、その人に成りきってしまう、という話だ。オバQは空に浮かんでいると、歌が聞こえてくる。

<1>「あれは坂本九の歌だな」「かれは人気ものだなあ」

<3>「あれはだれの歌だっけなあ」「最近人気があるなあ」

<3>が刊行される数年前、坂本九は、航空機事故で惜しまれながら亡くなった。<3>の編集者、編集責任者は、オバQが空に浮かんでいるシーンに坂本九の名前が出てくるのはまずいとでも思ったのだろうか。この改変の意図は、そうとしか考えられない。当時、抗議団体の声が強く、それによりメディアに「言葉狩り」が横行していたという世情を鑑みても、この改変が妥当かと言えば妥当でないと言うしかないだろう。

ということで、今回の復刊は、<2>を出版した小学館からだ。この<2>についても、<1>から<2>にかけての物価の上昇に合わせる意図だろうか、<1>に登場する料金を改変している箇所が存在する。

ぜひとも「原作に忠実に」、ファンの期待を裏切らないかたちでの刊行を強く望む。(とは言っても、もう校了後でしょうが・・・)

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「君に届け」1、2巻

Photo話題の連載中のマンガ、「君に届け」(椎名軽穂)1、2巻を、会社の同僚から借りてきて読んでいます

ストーリーは、「見た目が暗く周りからも「貞子」と呼ばれる女子高生・黒沼 爽子が、周囲の誤解を解き、友情・恋愛などを通して成長していく姿を描く」(wiki)という、いたってシンプルなもの。

なのだけど、1巻では爽子と周囲がいい方向に変わっていくのを心から応援し、2巻では一転して周囲の誤解が悪化していくのがつらくて読めなかった。

マンガの絵力(えぢから)に表現力と説得力があってこそのことだろう。続きを借りる前に、昨日書店で買おうかと思ったほど^^;

まだ連載中ということから、一気に最後まで読めないのがもどかしいが、数ヶ月に一度のコミック発売を待つのも、また楽しいものかもと思います^^

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「のだめカンタービレ in ヨーロッパ 第二夜」2008.1.5

4日の「のだめカンタービレ in ヨーロッパ 第一夜」に続き、5日は第二夜。

これまで(2006年第4クールの本編、4日の第一夜)基本的に、コミック1巻につき1話前後と、ドラマは原作を忠実に踏襲してきた。が、今回の第二夜は、初めてコミック数巻分から抜粋する構成となった

原作をすでに読んでいると、カットされている部分の含みを持ちながら、というか勝手に頭のなかで補いつつ見ることができる。いっぽう、初めてこれを見る人は、やや後半の納得感が低くなりはしないのかな、と思った。

11巻Lesson61の、プラティニ国際指揮者コンクールの優勝以降は、話しがやや断片的で大きな求心力がない状態が続く。まとめるのも、なかなか難しかったのだろう。

まあいずれにしても、シチュエーションは華やか、ストーリーはポジティブで笑え、お正月に見るのにふさわしい仕上がりだった。

本編ラストにはサントリーホールが登場したが、今回の孫Ruiとのラフマニノフは、ミューザ川崎。舞台側から見ると、さらに客席の構造は特徴的に見えるんですね~。

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「のだめカンタービレ in ヨーロッパ 第一夜」2008.1.4

ということで、2006年の第4クール以来1年ぶりの、のだめの続編だ。

のだめのことは、コミック、ドラマ(「アニメ・コミック カテゴリー」)、クラシック音楽業界にもたらした影響(「のだめ+ラ・フォル・ジュルネとクラシック音楽シーンの活性化」)、などなどいろいろ書いてきた。

原作を読んでいる間は、これを映像化するのは相当に難しいと感じていた。しかしその難点をクリアするばかりか、当たり前だが原作にはない「音」がある効果で、ドラマの成功だけではなく一般層をも巻き込んだクラシックブームへとつながったことも記憶に新しい

さて、2008年お正月のヨーロッパ編。コミックでは10巻25ページのLesson53からにあたる

2時間半を2日間やるので、今日だけでコミック3~4巻分ぐらいはいくかと思いきや、プラティニ国際指揮者コンクールの優勝まで、11巻68ページ、Lesson60までだった。まあ、ここはヨーロッパ編の大きなクライマックスで、ドラマにもしやすいから、妥当と言えば妥当なのだろう。

3次予選のティルで失敗した千秋をのだめがなぐさめに行くシーンや、決勝の協奏曲のくじを引くシーンは、のだめらしさ全開で、コミック同様笑えマス^^

プラハでのシーンに合わせて、スメタナの「モルダウ」のいくつかの箇所がバックに流れていたのが印象的。また、ハイドンの104番は久々に聴きたくなった。

さて明日は、ブノワ家のお城での、のだめの初コンサートがあるようだから、あちこち端折りながら少なくとも15巻までは行くのだろう。第二夜は原作に忠実でない(取捨選択がある)分、どういう構成・展開になるのか、楽しみです^^

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「僕等がいた」と乙女チック体質?

Photo_2小畑友紀の「僕等がいた」を4巻まで読んだ。

購入のきっかけは、アマゾンの送料を無料にしようとしたこと。娘が夏休みの宿題で、岩波新書の本が1冊だけ必要になり、だったら他に何か買うものはないかなと考え。。それで、娘も自分も気になっていた「僕等がいた」を思い出したのだ。

普通の可愛い女子である高橋七美が、高校に入学。同じクラスの、いろいろと秘密がありそうな人気者、矢野元晴に惹かれていく。そして二人は付き合うようになる。

矢野は1つ年上の奈々と付き合っていたが、前の年の夏に奈々はモトカレの車に乗っていて事故死。矢野は、その奈々の妹で同じクラスの有里とも、なんだか謎含み。。

と、今4巻までなのだが、昨今の話題作に比べると、かなり正統派というかオーソドックスな恋愛もの。のめり込むほど引き込まれるわけではないが、それなりに続きが読みたくなる。

ところで、アマゾンで買ったのは2巻まで。先に、高校2年の娘が読み始め、1巻を読み終わったところで、「なんだか普通だね」と言いのこし、早々にリタイアした

いっぽう自分は2巻まで読み、さらにもう2巻は書店で買って、さらに続きを読もうとしている。

う~ん。。自分って、17歳の娘より乙女チックなんだろうか? こんなことでよいのかと、一瞬、自分の来し方に思いを馳せる ^^;

でも自分は、「世界がどんどん拡がっていく感じ」を持つ作品が、けっこう好きなのだ。とくに10代後半からの、高校や大学への入学・卒業、新しい街、新しい出会い。。そんな拡がり感をうまく表現した作品に出会うと、その頃自分が味わった感覚が違うかたちのなかで生きているようで、新鮮な感慨がある。

「僕等がいた」、もう少し続けて読んでみます。

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「ハチミツとクローバー」映画版と原作

前回の記事に対し、皆様からお見舞いのコメント、メールなどなど頂き、本当にありがとうございます。このままいけば、明日手術で元に戻る予定です。またご報告します。

ところで、寝たり起きたりしているなかで、気になっていた昨年2006年公開の「ハチミツとクローバー」の映画版をDVDで観た。そしてそのあと、改めて原作10巻を通読した。(原作を読むのは2度め)。

その感想の比較を一言で表すと、

深い世界観を持つアルバム」と「その代表曲のサビだけ集めたプロモビデオ

と言ったら言い過ぎだろうか。また、今回観た順番で表現を変えると、

クルマで一気に上った山の頂上に、改めて森の匂いを感じ、木漏れ日にあたり、土を踏みしめ、五感を刺激されながら徒歩で到達した」、といった感じか。。

なにしろ、原作ではかなり濃くキャラ付けされた登場人物が、すべて薄まって普通の人になっている。それぞれの抱える心の奥深い葛藤も、なんだかあっさりと雰囲気で流している

はぐの芸術性と生来の性格との葛藤、あゆの深く激しく切ない想い、リカの絶望からくる儚さ。。そんなものが、どれか一つでも深く掘り下げられればと期待したのだが。。

要所要所の重要な台詞が、切り張りのようにちりばめられる。う~ん。なんだか。。

個人的にいつものごとく琴線に触れたのは、映像と音楽が相乗効果を生み出すシーン。なかでも、オペラのアリアがかかったはぐの創作の場面。ネットで調べてみると、

アルフレード・カタラーニ作曲:オペラ『ワリー』より第1幕「さよならふるさとの家よ」

だそうだ。1854年生まれ、39歳で早世したイタリアの比較的マイナーな作曲家。自宅で音源を探してみたが、見当たらず。さっそく音源入手に動きたくなってます。

しかし今の時代は、挿入曲がすぐネットでわかる、いい時代になったものだ、とつくづく思います^^

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「のだめカンタービレ」18巻とホロヴィッツのショパン「幻想ポロネーズ」

20070427_003「のだめカンタービレ」の18巻が発売されたので、さっそく今日のお昼に購入、そのままスタバで読み終えた。

ここのところ、10月、2月、6月の年3巻発行ペースが守られている。ドラマブレイクしてから、2冊めになる。

互いに真摯に音楽を極める流れから、引越しを決める千秋。のだめはショックを受けるが、関係は順調な二人。いっぽう18巻では、孫Ruiの葛藤が描かれる。この3人の三角関係の予兆も匂わせる展開。。

そしてのだめは、サン・マロでのリサイタルが好評につき、サロンコンサートに招かれる。そこで演奏したショパンの「幻想ポロネーズ」は、聴衆に大きなインパクトを与える

ショパンの「幻想ポロネーズ」と言えば、LPでホロヴィッツの録音に出会ってから、いまだにこれをしのぐ演奏を聴いたことがない1966年4月17日、ニューヨーク、カーネギーホール演奏会でのものだ。

この曲は、内省的であり、独白のような逡巡するフレーズが続き、陰影に富むいっぽうで、秘めた熱が解放される瞬間も持つ難曲だ。

なかなかこの曲自体を凌駕する演奏はないのだが、さすがホロヴィッツ。自らの個性を前面に押し出しながら、同時にこの曲の魅力を余すところなく引き出している。それは、光り輝くばかりだ。

それにしても残念なのは、(当たり前だが)のだめの演奏が聴けないこと。このような描かれ方をしている演奏は、本当に生で聴いてみたくなる。

まあそれは無理な話なのだが、のだめの大いなる個性は、きっとのだめ流の、ホロヴィッツ的な演奏なのだろう。久々にホロヴィッツの演奏をLPで聴いてみよう。

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「ハチミツとクローバー」ようやく読了

Photo_35いまさらですが、「ハチミツとクローバー」全10巻、今日読み終えました。

去年、1、2巻を買って読んだのですが、なんとなく、そのままになってしまっていた。

で、先々週ぐらいに、書店に立ち寄ったときに目にとまり。。3巻を買ってランチのあとに読んでからは、1冊ずつ買っては昼と帰りの電車で読んでいました

ここのところマンガを読むときは、一気に全巻を夜中までかかって読み終えるパターンがほとんどだったので、こんなのんびりとしたペースは、珍しい

本作には、大学生から卒業して社会人数年の時代に誰しもが味わう、苦しみや喜びが描かれている。感想を一言で言うと、なんだか懐かしかった。こんな頃、同じような情景があって、そんな思いをしたな。。と。

前半では、森田→はぐ←竹本が中心に展開すると思いきや、中盤からは脇役かと思っていたあゆ→真山→リカが大きくクローズアップされてくる。とくに、あゆの切々とした心情の描き方は、突き抜けた感じがする

後半、9巻からラストまでは、確かな読み応えがあった。マンガの人気作にありがちな、連載期間を伸ばすために冗長化するところが全くない、見事なクライマックス別れと旅立ちを鮮やかに描き切った、ラストシーンだった。

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「のだめカンタービレ」17巻

「のだめカンタービレ」の17巻が発売された。

17_1 16巻のことを書いたのが、ドラマのスタート直前の、10月14日。15巻については、6月18日。きちんと4ヶ月ペースなのだが、ドラマの拡がりがあまりに大きかったから、かなり久々な気がしてくる。

ルー・マルレ・オーケストラの常任指揮者に就任した千秋は、初公演の第2390回定期演奏会を成功させ、「生き急ぐ」(ニナ)ように、次の公演の準備をする。

第2391回定期公演の曲目は、下記。

・チャイコフスキー 幻想序曲「ロメオとジュリエット」

・J.S.バッハ ピアノ協奏曲第1番

・ベートーベン 交響曲第4番

やはり、バッハがユニークなプログラムだ。そのバッハを、千秋は見事に「弾き振り」をする。自分の専門であるピアノを、ここまで完璧にあっさりと弾かれてしまい、ショックを受けるのだめ

いっぽう千秋は、バッハ終了時に、絶縁状態にあるピアニストの父、マサユキ・チアキの姿を客席に見つけてしまって動揺する。その影響で、ベト4で小さなミスを出す。苦悩する千秋。

のだめは、千秋の中の父の重さを改めて知り、マサユキ・チアキの演奏会を聴き、さらに闘志を燃やす。。。

しかし前回書いたように、ますます「笑えるドタバタ」が減って、真摯に音楽を極める展開になってきている。いっぽうで、お互いが音楽を極めるあまり、また微妙に二人がすれ違い始めた。

どこまでの「高み」にまで、上り詰めていくのだろうか。どうせなら、シャルル・デュトワとマルタ・アルゲリッチのような、世界的な演奏家になるところまで描き切ってほしいものだ。

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ドラマ「のだめカンタービレ」最終回と大川とベートーベン交響曲第7番

ドラマ「のだめカンタービレ」が、最終回を迎えた。

注目していた大川のシーンは、ドラマ用に練りに練って原作をアレンジしていた。

千秋がタクシーから降りるシーン、原作では「止めてくれ」だが、ドラマでは「反対だ」だった。意図がより明確に伝わるための台詞のこだわりだ。

また、東京駅まで乗ったタクシーでの千秋の台詞「オレ様を2度も振ったら」「もう絶対許さねぇ!」が、ドラマでは大川でのクライマックスシーンの決め台詞にもってきた。これもより効果的だった。

もちろん、原作で二人が言う「あけましておめでとう」は、「メリークリスマスだ」。自分としては、ここは正月でないと違和感があったが、まあ年末のドラマの最終回が現実のカレンダーとシンクロするのは定番だし、すぐに納得した。

ところで、のだめが実家の近くの川で、メロディを口ずさんで音楽を思い出すシーンがあった。(ここからは推測の記述です)場所が大川なのだから、この川は筑後川なのだろう。そして、可動橋のようなものが画面に映った。

自分の母方の実家は、佐賀県の諸富。諸富駅は、1987年に廃線になった国鉄(JR)佐賀線の、筑後大川駅や筑後柳川(河?)駅の近くだった。

佐賀にはもう20年も行ってないが、小中学校時代は、実家を足場に、三脚や一眼レフカメラに望遠レンズを持って、筑後川に滅び行く蒸気機関車の写真を撮影に行った佐賀線を走る蒸気機関車が筑後川の可動橋を渡るところは、絶好の撮影ポイントだったのだ。

佐賀線はもうないので、今日映った可動橋は、その記念碑的なものなのだろうか。車道にも可動橋があるのだろうか。しかしのだめの最終回でこんな懐かしい光景に出会えるとは。。

そして、原作とは順序を入れ替えて、ラストはベートーベン交響曲第7番で締めくくった。舞台は、今年20回近く行ったサントリーホール。のだめは、P席でしたね。指揮者の「彼女席」は、P席最前列なんですね

しかし、表題がなく、3,5,6,9番ほどは一般の認知がないベートーベンの交響曲第7番が、たんなるBGMとしてではなくたぶん感動を伴って日本の20%の世帯に響いたと思うと、なんだか不思議な気がする。

前回も書いたが、この曲は自分の高校オーケストラの卒業公演の曲。自分の卒業を思い出すこのラストはより感慨深いものがありました^^

(他の、のだめの記事は、→ 『アニメ・コミックカテゴリー』でどうぞ)

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