09年6月3日 ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 演奏会
東京文化会館、指揮:アイヴォー・ボルトン、ピアノ・ラルス・フォークト
ハイドン:交響曲101番、モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番、交響曲第41番
23日のデンマーク・ロイヤル・バレエ団に続いて、再び東京文化会館へ。かつては演奏会のほとんどが文化会館だった時代もあったが、最近は此処へ続けて来ることは、非常に珍しい。
会場は8割が埋まる盛況。そんな安価ではない価格のことを考えると、やはり日本人にはモーツァルトやウィーンの愛好家が、一定数存在するのだろうか。
編成は、弦の各パートが2~4プルトと、室内管より少し大きいぐらいの編成。
最初はハイドン。初めて聴くこのオケの音に、まずかなりの違和感があった。このホルンとトランペットはザルツブルクもしくはウィーンの伝統的な楽器なのか、やたら音が粗い。弦と木管は現代の楽器のように見えるが、全体的に古楽っぽい響きだ。
残念ながら、ハイドンはあまり琴線に響くところがなく、仕事の疲れから睡魔が勝ってしまった。
続く20番。ピアノのラルス・フォークトの、クリアでしっかりとした情緒に流されることのない展開が心地よかった。が、ここでもピアノとオケのトゥッティにおける音に違和感が残った。
これまで聴いてきた国内オケ海外オケ問わず、モーツァルトの音とはこういう感じ、という範疇を大きく超えている。これが地元で伝承されている、18世紀からのモーツァルトの音なのだろうか。
ところが休憩後の41番で、覚醒した。音は変わらないのだが、それが逆にモーツァルトの悪魔的な側面を強烈に焙り出す。モーツァルトの音楽には、ところどころに時代を超えてしまった未来の音が垣間見えるが、この4楽章も、なんだか立ち入ってしまってはいけないような音世界が展開される。
今日の演奏会は、すべてこの4楽章で魔界の扉を劇的に開くために構成されていたのはないかと思えるほどだ。
アンコールは、ボルトンが愛嬌たっぷりにフィガロやモーツァルトのコアな小曲を奏で、さすが本場と思わせるなか、和やかな雰囲気のなかで幕を閉じた。
それにしても今日の観客は、フォークトのアンコール終了後、音楽が終わり彼が完全に緊張感を解くまで固唾をのんで見守っていた。そして湧き上がるような拍手。久々に(というか最近ほどんどない)民度の高い観客が素晴らしかった。
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