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『東京島』桐野夏生

Photo今週の日月(08年5月25、26日)で、桐野夏生の新刊『東京島』を読んだ

桐野夏生のことは『メタボラ』発売時など何回か書いているが(今みたら、ちょうど去年07年5月26日^^;)、2001年前後に「週刊文春」の連載で読んだ『グロテスク』以来のファン。新刊が出たら迷わずすぐ買う作家の一人だ

極限状態の人間の心理を描かせたら天下一品の桐野夏生。今回は、無人島に漂着、という古典的な舞台を設定しているが、相変わらずその描写は凄まじいばかりだ。

また、ここのところの『魂萌え!』『メタボラ』と通底しているのは、いくつかの書評でも指摘されている通り、貧困極まる底辺生活、国家や市場経済の成立、といった社会問題も含有しているところだ

読後感としては、桐野夏生のなかではまあまあ及第点、といったところだろうか。

例えば『グロテスク』『柔らかな頬』『OUT』といった代表作。これらを読んでいるときは、ページを読みつつ早く先を知りたくて左ページに目が飛んでしまうのを、必死でこらえる、といった状態になる。

『東京島』は、そこまではいかなかった。地の文が改行なしで続くところなどは、読み進めるのに多少のしんどさを感じることもあった。

いずれにしても、そもそものレベルが高過ぎるのであって、十二分な水準のエンタテインメント作品だ。また、新しいテーマ、新境地を果敢に攻め続ける姿勢は、さすがとしか言いようがないと思います

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08年5月19日 都響 文化会館 定期公演

リスト:ピアノ協奏曲第1番

ブルックナー:交響曲第3番

指揮:小泉和裕、ピアノ:アリス=沙良・オット

今日の演奏会の展望記事「08年5月19日 都響演奏会を購入」で書いたように、最近は、マーラーよりブルックナーのモードだ。

ブルックナーの曲はピュアで敬虔で純度が高く、音楽だけを楽しめる。また、壮烈で豪快で歯切れもよく、オーケストラとしての楽しみが満載だ。

いっぽうもう1つの最近は、協奏曲に食傷気味だ。

交響曲、管弦楽曲のレパートリーの広さに比べ、どうしても協奏曲のラインナップは限定される。

年に30回ペースで演奏会に行っていると、さほど聴きたくない協奏曲を何度も何度も聴かされるハメになる。これには、ややうんざりしていた。

そんなわけで、今日の期待は3番交響曲だったのだが、リストの協奏曲、これが思いもかけずよかった。

この曲は、10代の頃以来ほとんど聴いていなく、興味関心もとくになかった。

ところが、この今年弱冠20歳のアリス=沙良・オットの演奏は、力強いタッチで大きな骨格を描きながらも、だからと言って大味になるどころか随所に詩情もあふれる

独特の身体の使い方から繰り出す音楽は個性的で、数十年にわたって興味の圏外だったリストのコンチェルトを清新な輝きをもって、あざやか呈示してくれた

休憩時に、友人たちとその演奏を褒め称えていたら、久々に知り合いの関係者の方に声をかけられた。するとなんとこのアリス=沙良・オット、グラモフォン・デビューの準備中とか!

もしかしたら、21世紀の至宝となるかも知れない彼女の超メジャーデビュー前の演奏を聴いたことを、「伝説」として語り継ぐ日が来るのかもしれない

そして、本来期待のブルックナー。こちらは、全体的にテンション高く、とくに金管の充実ぶりには目を瞠るものがあった。

がいっぽう、最近ではすっかりサントリーやみなとみらいやオペラシティと比べると相対的にデッドで粗い響きに聴こえてしまう文化会館の音と、後期交響曲に比べるとまだまだ洗練の域に達していない3番自体の曲想のせいもあって、格段のインパクトをもたらすことはなかったように思う。 

Photo終演後、小泉和裕のレジデント・コンダクター就任披露公演を記念して、写真とボールペンを配っていた。ボールペンは紙巻き?? なんともいい感じです^^

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バレエに関する素朴なQ&A

ということで、08年5月11日は東京バレエ団の「モーリス・ベジャール追悼特別公演」に行って来た。久々のバレエだ。

見ていて素朴な疑問がいろいろと沸いてきたので、バレエ通の同僚にいろいろと質問しました^^;

●いずれの世界も業界の活性化はスターが牽引●

私「しかし、バレエと言えば女性がイメージされますが、こんなに男性の職業として成り立っているのは、正直驚きました」

通「実は、これはここ5年ぐらいのことなんです。以前は男性の人数が少なくて、男性パートを女性がやってたりしましたから」

私「ここ5年ですか?」

通「そうなんです。熊川哲也の影響です。あれで、男の子にバレエを習わせたい親や、バレエに憧れる男の子がぐっと増え、その世代がステージに揃ってきたんです」

私「どんな世界も、スターがシーンを牽引するんですね」

通「ほんとにそうですね」

●なぜ芸大に「バレエ学部」はない?●

私「ところで、東京芸大にしても音楽学部と美術学部。私立の音大や美大もたくさんあるけれど、バレエの大学って聞きませんね」

通「大学や高校からでは間に合わないんです。バレエ教室って多いのはご存知ですよね」

私「はい」

通「それこそほんとに小さい子どもの頃から始めて、10代には選別が始まって欧米に留学するし、20歳ではもう淘汰が終わって看板スターになるわけですから」

私「なるほど。ジャニーズみたいなもんだ!」

通「それはよくわかりませんが。。」

●在京バレエ団の3大メジャーとは?●

私「さて、オーケストラだと在京メジャーは、N響、読響、新日、日フィル、東響、都響、東フィル、シティフィル。。あたりなんですが、バレエ団だとどんな感じなんですか?」

通「松山バレエ団、牧阿佐美バレエ団、東京バレエ団、この3つです」

私「あの、新国立劇場っていうのはどういう位置づけなんですか?」

通「あそこを4つめ、としてもいいんですが、ダンサーが他のバレエ団からのレンタルだったりもするんですね」

私「レンタルですか」

通「それから、最近オペラにはお金をかけていますが、バレエには力を入れていないのが見えてきて。国として、もう少しお金と力をかけてくれてもいいと思うんですけれど。私、そのための税金なら喜んで払うんですけれどね」

●珍しい移籍組、日本の至宝、上野水香●

私「ところで、<ハサピコ>の女性ダンサーは良かったです」

通「そうでしょ? 彼女は上野水香さんと言って、日本でやっているのにはもったいないような人なんです」

私「東京バレエ団の看板なんですね」

通「なんですが、彼女は牧阿佐美バレエ団からの移籍なんですよ」

私「そういうことってよくあるんですか?」

通「滅多にない、というか、初めてじゃないでしょうか。」

私「高年俸で引き抜き合戦、なんてないんですか」

通「だって、ほんとの子どもの頃から世話になってるわけですから」

私「なるほど! それは納得です。上野さんはジャニーズからバーニングに移籍したようなものですね!」

通「。。。」

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08年5月11日 東京バレエ団 モーリス・ベジャール追悼特別公演

「ギリシャの踊り」 振付:モーリス・ベジャール 音楽:ミキス・テオドラキス

「火の鳥」 振付:モーリス・ベジャール 音楽:イーゴル・ストラヴィンスキー

「春の祭典」 振付:モーリス・ベジャール 音楽:イーゴル・ストラヴィンスキー

とてもとても久々の、バレエ公演。そのいきさつは、前回の記事に書いた通り、マイフェイバリットなオケ曲のなかのバレエ曲について、「バレエ付き」(笑)で観てみたくなったのだ。

(ちなみに、本ブログの書き手は、オケのコアファンで、バレエは初心者です^^;)

【ギリシャの踊り】

人気も実力も、今や押しも押されもせぬ日本の第一人者である、上野水香さん(今日観た後から知ったのですが^^;)が、「ハサピコ」に登場。

観ているときは上野さんの予備知識はなかったのだが、その腕の使い方と表現力は圧倒的。写真を見たら、お顔も日本人離れした美形で、近くでも見てみたかった。

この「ギリシャの踊り」は、初めて見る限りはストーリー性はなく、抽象的に展開。ギター系の重奏に笛系の旋律が乗る音楽が、ポルトガルとかスペインっぽく、それがギリシャの音楽なのだろうな~と思いつつ、抽象芸術を楽しむモードに頭を切り替えながら見ていました。(我ながら情けない感想^^;)

【火の鳥】

チラシを見ると、火の鳥の時間配分は25分。これは1919年版演奏会用組曲の時間である。今日は45~50分かかるはずのバレエ全曲の心づもりだったのだが、これはどういう展開になるのか、読めないままで本編を迎える。

始まってみると、音楽はまさに1919年版組曲を使っている。で、8人の黒い衣装の男性コールド(群舞の人たちとのこと。今日覚えました^^;)を従え、赤い衣装の男性が1人、主役を務める。

あれ? この赤い人は火の鳥なのか、イワン王子なのか。また、カスチェイ一党の凶悪な踊りの音楽の場面でも、魔王じみたモノは出てこない。きわめてシンプルに、この1人+8人で進んでゆく。

ベジャールによる「火の鳥」は、火の鳥を主人公にすえてシンプルに、そして「ギリシャ~」と同じく抽象的に展開するものだと知りました。(またまた情けない感想。)

【春の祭典】

初心者としては、今日の演目のなかで春祭がいちばんわかりやすかった

第1部の大地への讃仰では、うつぶせになった20人ほどの男性陣が、代わる代わる上体をあげて、全員が立ち上がるところから始まる。春の兆しや生命が胎動する様子が、音楽とあいまってよく表現される。

第2部の生贄の祭では、今度は20人ほどの女性陣がうつぶせになっているところから始まる。第2曲、3曲と進んでいく節目節目で、生贄の乙女が選ばれ、あっという間に女性ダンサーのみで生贄の儀式のステージが形成される。これは圧巻だ。

その後男性陣も現れ、ステージを取り囲み、儀式は進行する。見覚えのあるシーンが続いたこともあるが、火の鳥に比べると、かなり具体的で原典にも近いのでわかりやすかった

「バレエに関する素朴なQ&A」に続く)

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明日08年5月11日はベジャール追悼公演の「火の鳥」「春の祭典」

先日、08年4月20日は久々にオペラ『魔弾の射手』を観たが、明日はさらに久々で、バレエ公演を観に行きます。

内容は、モーリス・ベジャール追悼特別公演で、曲は「ギリシャの踊り」「火の鳥」「春の祭典」。

ここ20年ほど、バレエからは全く遠ざかっていた。そんななか、今の職場の同僚がバレエ通であることが判明。

話しをするなかで自分は、フェイバリットなオケ曲である「火の鳥」「春の祭典」「ダフニスとクロエ」あたりについて、一度「バレエ付き」で聴いてみたいと思っていたことに気付いた。潜在的に、都度一時的に思っていたことが、顕在化され継続的な意志となったのだ。

いっぽう、バレエ通の同僚からすると、というか一般世間的に言っても、「バレエに音楽が付いている」のであり、「バレエ付きで音楽を聴いてみたい」という僕の考え方や言い回しはおかしい

しかし、オーケストラのコアファンの方にはご理解いただけると思うのだが、我々側からすると、「管弦楽曲」のくくりの中に「バレエ音楽」は含まれていて、それをオーケストラだけで聴くのはごく自然なことである

「ダフニスとクロエ」や「火の鳥」もそのために演奏会用組曲版がある。いっぽうオケで全曲版を聴くと、明らかに退屈な部分が随所にある。(「春の祭典」は背景が違うが)

それはバレエ側からすると当たり前の話で、バレエ曲全体のなかでは、バレエとともに音楽も充実させて相乗効果を狙う見せ場もあれば、単なるバレエの付随として音楽が書かれた部分もある。なんでそんなものまで「バレエ抜き」で聴くのか、不思議なのも、もっともだろう。

また同僚からすると、観たいバレエが「火の鳥」「春の祭典」「ダフニスとクロエ」というのは、非常にレアでコアなのだそうだ。

なんでバレエにくわしくない人間が、ディアギレフやニジンスキーやロシア・バレエ団のことをよく知っているのか、不思議なのだとか

こちら側ではメジャーなポジショニングの3曲なのだが、あちら側の全体像はまた異なっているようだ^^;

そんなわけで、明日は念願かなって「火の鳥」と「春の祭典」を聴く、のではなく「観る」ことになった

これまで解説でしか読んだことのなかったストーリーが、「バレエ付き」によって視覚化される。果たして自分がそれをどう感じるのか、非常に楽しみです^^

(→「08年5月11日 東京バレエ団 モーリス・ベジャール追悼特別公演」に続く)

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08年5月8日 東フィルオペラシティ 定期公演

指揮:ヒュー・ウルフ  ピアノ・トリオ:椎名豊トリオ

ジョン・アダムズ:管弦楽のためのフォックストロット「主席は踊る」

ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー

ベートーヴェン:交響曲第7番

ガーシュインとベト7。のだめのオープニングとエンディングの2曲を配した、一見のだめコンサートかと思われるようなプログラムだが、その内容は非常に斬新なものだった。

ベト7は、いまだかつて聴いたことのないような展開。オーソドックスな演奏であれば、この曲の最大の特徴である「リズム」を際立たせるために、木管は強いタンキングを使い、弦楽器も弓を弦に当てていくように演奏するところなのだが、見ているとどうもそれとは逆の奏法を指示されていたような気がする

木管はほとんどアタックをしておらず、弦もがしがし弾くようなところまでもなめらかなボーイングが用いられている。ピリオド奏法的に、ヴィブラートも抑えられている。

ワーグナーによって「舞踏の聖化」と呼ばれたこの曲が、どちらかと言えばテヌートで貫かれたかのようなのだ

ところが不思議なことに、だからといってこの曲の本質である、強力なリズムを推進していくところが失われたわけではな

各楽器ともに、リズムの強調が端的に伝わる奏法を封印したかに見えながらも、逆にそのフラストレーションによって、爆発感を生み出すことに成功しているように思えたのだ。

とくに4楽章半ばのクライマックスでは、弦楽器全体が異常なテンションに満ちて昇華するのを目撃した。通常ではあり得ないような状況が起こっているのを目の当たりにすることになった。

非常に不思議な感覚だったが、この指揮者は、曲を逆の位相からアプローチすることによって本質を描き出す、という離れ業をやってのけたのだと思う

やはり、定期公演は、こうでなくてはと思う。有名な曲を普通に演奏していたのでは、名曲コンサートと何も変わらないのだから

ところで、1曲めのジョン・アダムズにはぎりぎりで遅刻>< ロビーで聴いていたら現代的だが美しく立体的な音の感じで、残念。。

ガーシュインは、ピアノソロ部分が完全にジャズのピアノ・トリオのインプロビゼーションになっており。。演奏の良し悪しとは関係なく、ジャズを聴きに行くときは別の心構えをして臨むので、オケの定期に来た身には、違和感があった

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【感謝】ブログ開設2周年

08年5月4日で、ブログを開設して2年になりました。

昨年の1周年のときには、「約250記事を書き、20,000PVをいただきました」という記述がありますが、2周年時では、「380記事、41,400PV」でした。

記事を書くペースが半分にダウンしたものの、同じ程度のPVをいただいたということになります。

読んで下さっている皆様、コメントを下さる方々、クローリングして表示して下さるgoogle始め検索サイトの皆様に、改めて感謝致します。

今後とも、よろしくお願い致します。

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08年5月19日 都響演奏会を購入

演奏会自体の記事はこちらのリンクからどうぞ

最近仕事が忙しいので、平日の演奏会のチケットを購入するのを控えていたが、金曜に表題のものを購入した。

指揮は小泉和裕、曲はブルックナーの3番とリストのピアノ協奏曲1番

ここのところ、あらためて生で聴くブルックナーの面白さを再発見。直近の3年で、4番、6番、7番、8番、9番を生で聴いた。

最近は年齢と日頃の疲れのせいか、マーラーの交響曲と対峙する体力・精神力が減退しているいっぽう、ブルックナーは純粋にオーケストラの音の美を楽しむことができる。今の状況の自分に、至極フィットする感じがするのだ。

小泉和裕も、好きな日本人指揮者の一人なので、楽しみです^^

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