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夢の跡?

2008年1月12日は、テレビで「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」を見た

映画に関しては、相当に興味ある作品でも、どうしても音楽など他のもろもろのことより優先順位が下がってしまうので、DVDですらもあまり見ずに、こうしてテレビ放映で初めて見るケースが多い。

80年代のホイチョイ文化もバブルも、20代でリアルタイムで体験した自分にとって、馬場康夫監督/ホイチョイのエンタテインメント性はすべてが楽しく懐かしく、いっぽうで思いの他深みも感じさせる作品だった。邦版「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と言っても過言はないだろう。

タイムスリップした日は、自分の娘が生まれるほんの少し前。否が応でもこの17年間に思いを馳せつつ、広末を口説こうとしていた阿部寛が、自分の娘とわかった途端に厳しく注意をするシーンには、しみじみと笑ってしまった^^

ところで自分は、バブル期を音楽雑誌の編集者として過ごした。会社自体はそんな時代なのに右肩下がりだったから、金回りがよかったとかの意味では、ダイレクトにバブルを享受してはいない

しかし、仕事が音楽・マスコミ業界との付き合いで成り立っていたから、当時の喧騒の雰囲気は現場で味わっていた。

六本木でもどこでも、本当にタクシーがつかまらなかった。無線タクシーの専用電話を持っていない人と飲んでいて終電が過ぎると、当たり前のように「じゃあ4時ぐらいまで飲み直しますか」という世界だった

業界が業界ということもあったが、夜も昼も仕事も遊びも一緒くただった。レコード会社の人から品川プリンスのテニスに誘われ、時間を聞くと「午前1時から3時までコートを押さえたので、軽く打ってから飲みましょう^^」とかいうこともざらだった。

それから約10年後に、数年ほど六本木で同種の仕事に戻った時期があった。かつては大人の洗練された街だったのが、バブル期を経て、すでに危ない白人と危ない黒人と危ない日本人とキャバ嬢の街になってしまっていた

何度も書いているが、同じ街の同じ場所に佇んでいるのに、「あの頃・あの時代」は二度と帰って来ない

  夏草や 兵(つはもの)どもが 夢の跡 。。?

六本木でもそんなことを感じる日々だった。

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