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2008年1月17日 東フィルサントリー 定期公演

指揮:高関健

ブラームス:交響曲第4番、第2番

今年初の定期公演。様々なことを考えさせられた

前回、サントリーで東フィル定期を聴いたのが、2007年11月9日、フォーレのレクイエム。昨年聴いた国内オケ27公演のなかでのベスト演奏だった。

また、前回ブラームスの4番を聴いたのは、06年11月23日 チョン・ミョンフン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団演奏会。こちらは、21世紀になって聴いた最高の演奏だった。

そんななかで迎えた、今日の演奏会。観客それぞれが自分の背景を持って聴いているわけだが、自分の場合は、どうしても昨年07年のマイベスト、21世紀のマイベストと比較してしまう。その対象が奇跡のような感動体験だった分、今日の演奏にはそもそもからハンデがあった。

高関氏の演奏は、教科書のようだった。それは称賛の言葉でもあり、批判の言葉にもなる。確かに、楽譜に極めて忠実なのは、理解できる。

しかし、例えば07年3月20日 都響サントリー定期、ライスターのモーツァルト:クラリネット協奏曲

この日の演奏では、楽譜に忠実なことが曲の本質を浮彫りにし、そこにあたかも作曲家自身が存在するような境地にまで深まっていったのに比べ、どうにも正直さ以上のものが伝わって来ない。

出だしから、RB席にもかかわらず、音が遠い。熱が伝わって来ない。この曲には、何かに抗う情熱や深い絶望感や暗く甘い誘惑のようなものが必要なのではないのだろうか。

もちろんひとりよがりな勝手な解釈や表現は論外ではあるが、いっぽうで必ず必要とされるであろう曲のモチーフを排した演奏というのは、成立するのだろうか。だとすると、悲愴感のない悲愴、自然をイメージしない田園。。なんてものもあっていいことになりはしないだろうか。

また今日は、いつも書いている、演奏会における感動の3要素(1)演奏の内容 (2)座席の環境 (3)自分の集中度の、(2)(3)もダメだった。隣席の方からは腋臭が伝わり、自分自身はかつかつの極みだった昼の仕事からの気分転換が全くできないままだった。心が能面のようになっていた。

そんなわけで、聴いているうちにどんどんと気が滅入ってしまい、仕事もあったので休憩で退出してしまった。

いっぽうで後半のブラ2を聴いた複数の人が、いい演奏だったと言っていたことを間接的に知った。演奏の良し悪しと感動とは、常に相対的なものであり、個人的なものである、とつくづく感じた日だった。

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» 東京フィルハーモニー交響楽団 第746回サントリー定期シリーズ [さきえのヴァイオリン奮闘記]
事務局で叫んだおかげでいただいたご招待券で、サントリーホールまで行ってきました! プログラムによると、この聴きどころは 「サントリーとオーチャードを合わせて、ブラームス交響曲全曲演奏会(ブラームス・ツィクルス)である。(略)じつは交響曲「全曲」となると、近年国内ではベートーヴェンほどは演奏されていないのがいないのが実情だ。だから、ひとりの指揮者、ひとつのオーケストラでブラームスを4曲まとめて聴けるなんて、久々の快挙なのである。しかも今回の指揮者、高関健氏は、オーケストラを「古典配置」で演奏することで... [続きを読む]

受信: 2008年1月20日 (日) 01時13分

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