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マレーシア料理「馬来西亜マレー」

Photo_2 【パクテーとチャイの店「馬来西亜マレー」】

以前から気になっていた、世田谷某所のマレーシア料理の店、「馬来西亜マレー」に初めて行った。

全くの住宅街の中にひっそりと点る電飾。ドアを開けると、そこはまさにアジアな空間が広がっていた。

奥さんの丁寧な説明。ご主人は、遠めでみた佇まいから現地の人かと思いきや、普通の日本人でした^^;

写真は、上が貝の小柱のカピスゴレン、手前がグリーンカレー。美味です。

甘辛のチリジャガのサラダ、タピアイスも絶妙でした。病みつきそう^^

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2007年9月30日シェーキーズのデリバリーが終了

Photo_4 9月30日、シェーキーズがデリバリーを終了するとのことだ。

自分たちの年齢の人間は、小学校高学年~中学生の頃に初めてピザを食べた世代だ。

その後、ピザは急速に普及。高校の最寄り駅の茗荷谷にはピザハットがあったし、大学のときには、高田馬場や渋谷のシェーキーズによく行ったものだった。食べ放題が魅力だった。

社会人になってからは、お正月の明治神宮や代々木競技場のライヴの帰りに、原宿のシェーキーズに行くようになった

いっぽうで、80年代にピザのデリバリーというシステムが始まり、専門店と競合するように、シェーキーズもデリバリーが始まった。デリバリーでは、成城の店舗によく注文した。

先日その成城店に久々に注文したところ、9月30日でデリバリー終了の案内が。約15年から20年近くにわたって利用していただけに、非常に残念。。競合も多いし、競争が激化して収益力が落ちていたのだろうか。

いまだに、ピザはシェーキーズの味がベストなので、店舗のほうには、いつまでも頑張ってほしいものだ。

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「スミ商会」の閉店割引セール(1)

先日、「祖師ヶ谷大蔵のレコード店「スミ商会」10月20日閉店」と題する記事をアップし、閉店に関する残念な思い、街のレコード店を取り巻く状況などについて書いた。

いっぽう気になるのは閉店セールで、23日日曜から2週め、3割引きセールに入った。

これまでの経験でも、毎週割引き率が上がっていく売り尽くしセールというのは、なかなかない。今週が3割引き、来週が4割引き、再来週が5割引き、そして最後の週が6割引きなのだ。

つまり、待てば待つほど、安くなる。しかし、欲しい商品はいつ売れてしまうか、わからない。まさに、「逆オークション」。

そこで、戦略(と言うほど大袈裟ではありませんが)を立てた。

まずは全店を見渡し、だいたいのアタリをつける。J-POP、洋楽などの売れ筋はすぐに、それほどでもないものは翌週ぐらいに買う。その次は、コアジャンルのなかではライト層ユーザーに拡がりがあるクラシックそれからジャズ。最後に、たぶん需要が最も低そうな沖縄、ブラジル、など各国系

ところが、困ったことに気付いた。そもそも、これまで保有したり処分したりしてきたディスクのタイトルが膨大過ぎて、いちいちCDを持っているか否かが、わからないのだ。とくに、古いものはLPで持っていたことは記憶していても、それをCDで買い直したかどうかの記憶がない。

そんなときは、ダブりなど気にせず買ってしまえばいいのだが、さすがに自宅も近いので、今回は一度冷静になって自宅に戻り、気になっているアーティスト中心に調べてみた。すると、当然保有すべきものを持っていなかったりもする。

ということで、24日は、「買えば買うほど得だ」モードに陥らないようにつとめて冷静に、メジャーなJ-POPもののベスト盤と、買い損ねていたここ2年以内リリースの洋楽の新譜を数枚買ってきた。

しかし、これまでずっとオールジャンルで音楽を聴いてきた自分にとって、街のショップ1店分と自分のレパートリーを比べるという大掛かりな作業は、自分の音楽嗜好の変遷を俯瞰するようで、なかなか滅多にない機会になった。

スミ商会のご夫妻とも話をしたが、もう40年以上やってきて歳も歳なので、今までできなかったことをいろいろやりたいそうだ

そういう意味では、レコード店という1つの小売り形態を通して大きな時代のうねりを見つめ続け、そして急速なIT化が既存の産業を破壊するなかで老後を迎えられる、というのは少々うらやましいことなのかも知れない。

「スミ商会」の閉店割引セール(2)に続きます。

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07年9月20日は没後50年のシベリウスの命日

今年2007年は、グリーグ没後100年、シベリウス没後50年にあたる年。シベリウス好きの自分は、かなり期待していた

しかし、思ったほど盛り上がらない。在京メジャーオケによる、交響曲の全曲演奏会シリーズぐらい、普通にやってほしいものだが、とうとうそんなプログラムはない。

それどころか、オールシベリウスプログラムすら、ほとんど見掛けない。かろうじて、来年の井上道義指揮、日フィルの1番+7番が楽しみなぐらい。まったく期待はずれでがっかりだ。

そんななか、9月20日は、シベリウスの命日。2日遅れの22日、いくつかの曲を自宅で拝聴した

まずは交響曲の7番、4番。カラヤン指揮、ベルリンフィル。それから2番。初めて聴く、ヤンソンス指揮、オスロフィル

それから、管弦楽曲は、カレリアの序曲、即興曲「春の歌」、タピオラ、命日にちなみ「イン・メモリアル」、そして最後に「アンダンテ・フェスティーヴォ」

この「アンダンテ・フェスティーヴォ(祝祭アンダンテ)」は、1922年に弦楽四重奏で作曲、1930年に弦楽合奏とティンパニ用に改訂された

シベリウスの作品番号が付いた最後の作品は、作品116の「三つの小品」なのだが、これが1929年の作。つまり、この作品番号がない「アンダンテ・フェスティーヴォ」の弦楽版は、シベリウスが作曲上の沈黙の期間に入った頃の作品なのだ

しかし、なんという美しい曲なのだろう。壮麗で、荘厳で、深い精神性を内包するにもかかわらず、たぶん万人の心を打つことが可能な曲だ

委嘱による祝賀曲だからこそ、このような曲を作ることができたのだろうとは思う。しかし、この曲は、タピオラや交響曲7番に行き着いた後の作品なのだ。

自ら内省の宇宙の極みに到達してしまってからも、創作活動を止めてしまったわけではない。しかし、そのあとの作品は自らの基準に達しなかったのだろうか、発表することはなかった。第8交響曲もアイノラの山荘で火の粉となってしまったとの話だ。

いっぽうで、この「アンダンテ・フェスティーヴォ」の弦楽版を聴くと、つくづくそれが残念だ。こんな曲を書ける多様性と創作力が残っていながら、以後それを封印してしまうとは。。我々からすると、なんともったいないことなのだろうと思うしかないのだろうか

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「飛び出せ!青春」のビデオ

以前、人にも指摘されたが、どうもほっとくとブログのネタがコアになり、さらに記事も書き込み過ぎになる。で、だんだん更新頻度が低くなる。どんどん、さくっとさらっと書けなくなる。最近、またその傾向が極まってきた。。

そんなわけで、何回か、さくっと身辺雑記ふうに書こうと思いました^^;

                  ★

Photo_2連休中、中学時代のことを思い出しながら長い手紙を書く機会があった。記憶力はかなりいいほうなのだが、さすがに忘れていることもたくさんあるので、当時の資料を引っ張り出してきた。

そのなかで中学3年のときの資料に、再放送の「飛び出せ!青春」第13話「さらば高校5年生!」の記述があった

「飛び出せ!青春」は、1972年2月~1973年2月に、日本テレビ系で全43話が放映された、いわゆる青春学園ドラマの金字塔的作品。主役の河野先生を演じるのは、村野武範。小学生でこれを見た自分は、単純に中学・高校時代に期待したものだった。

そしてこの第13話は、高木勇作(石橋正次)と生田みどり(大田黒久美)をフィーチュアした名作だ。さっそく見てみたくなる。自宅には、1987年に深夜枠で再放送したときに、全話録画したビデオが7巻あるので、久々に取り出す。

ところがこのビデオは、当時録りっ放したあと内容を精査していなく、余計なものが入っていたり、順番が狂っていたりしているのに、気付く。なんと、第5話「ああ、雀パイに花うけて」がない! 13話も12話のあとに入っていなくて、不安になる。

ということでそのまま7巻分を、全部早送りでチェックしてみた。13話は、へんなところにあった。今見ても、大田黒久美、めちゃめちゃかわいい^^。うっかり第25話「その喧嘩私が買います!!」も、全部見てしまったりした

結局、全43話のうち、5話、26話、34話、37話、38話、40話がなかった。さすがに自分として押さえておきたい話はもれていなかったが、それにしても後半、話自体がつまらなくなるからか、明らかに録画意欲が減退していたようだ。20代の自分、もっと頑張っといて! と言いたい。

また、最初のほうの巻は「飛び出せ!青春」専用テープにしていたようだが、後半の巻はだんだん他の番組の録画にも使い始めていて、当時の録画のままになっている番組がぞろぞろと出てくる。

・1987年年末の「ザ・ベスト10」の総集編・・・(南野陽子と浅香唯がかわいい! 浅香唯は当時自分が在籍した音楽誌でコラムを担当していて、年賀状なんかもらったりしていたなぁ。)

・全日本プロレスの名場面集・・・(ホリケンとタイゾーの「テリーとドリー」のギャグではなく、本物のドリーファンクJr.のスピニングトーホールドを、初めて娘に見せることができました^^ )

・仁藤優子のPV・・・(VAPの87年デビューのアイドル歌手。デビュー前からよく取材していた)

・世界まるごとハウマッチ、TV探偵団・・・(あぁ、懐かしい!)

う~ん。またまた貴重な休日があっという間に夜になるパターンに陥ってしまった^^; 「飛び出せ!青春」、そのうちまた全部見てみたい。 

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祖師ヶ谷大蔵のレコード店「スミ商会」07年10月20日閉店

1985年発売、とんねるずのファーストアルバム『成増/とんねるず一番』の収録曲「バハマ・サンセット」にも登場するレコード店、祖師ヶ谷大蔵の「スミ商会」が10月20日に閉店する。なんとも残念なニュースだ。

「住むなら祖師ヶ谷大蔵さ。。(略)。。レコード買うならスミ商会。。」(バハマ・サンセット)

タカさんが成増のことを歌ったあと、ノリさんが切々とフザけて歌う祖師ヶ谷大蔵の情景。今から22年前には、まだ当たり前のように、駅前の商店街にはレコード店が1つ2つあった

そもそも、その前の時代は、大きなレコード店と言っても、せいぜいディスクユニオン、石丸電気、YAMAHAなどなど、そんなところが関の山だった。

大型の外資系ショップが席巻し始めた80~90年代も、レコードからCDへの移行に伴いマーケットが拡大したこともあり、ある程度と大型店と街のショップは共存しえた

しかし、インターネットの普及によって、様相は一変。アマゾンなどのオンラインショップが台頭するいっぽう、パソコン、携帯電話による音楽配信は、エイリアンさながらこの世界の景色を急速に変えていった

スミ商会は、開業40年になるそうだ。自分は幼少時、同じ世田谷の下高井戸、赤堤で過ごしたので、初めてレコードを買ったのは下高井戸「オスカー」なのだが、古くから祖師ヶ谷に住む同年代の人間は皆、小学校時代からの付き合いだったそうだ。

自分もここ20年は、レア盤はタワーなどで、J-POPの新譜はスミ商会で、と住み分けて購入していた。音楽業界誌の記者時代は、いつもご夫妻に状況を聞きにいっていた

閉店までは、割引きセールを行なうそうだ。すでに2割引が始まっていて、週ごとに3割、4割、5割引き、閉店の週は6割引きになるとのこと

「祖師ヶ谷大蔵は急行は止まらない 各駅停車で降りるとき 前から三両目のいちばん前のドア 降りるとちょうど階段があるんだよね」(バハマ・サンセット)

その階段も、小田急線複々線化工事により駅が高架化し、すでに今はない。街の風景は、写真と人の記憶の中だけに残るのみ。。

「「スミ商会」の閉店割引セール(1)」に続く

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映画『日本以外全部沈没』

原作:筒井康隆、原典:小松左京、監修:実相寺昭雄、総理大臣:村野武範、防衛省長官:藤岡弘。。。この面々を見ただけで、感無量である。

ウルトラマン、ウルトラセブンにはまり、小学校6年時は、「飛び出せ!青春」一色だった。原典の「日本沈没」を読んだのは、確か中学1年あたり。当時、「日本沈没」は大流行だった。映画も見た。

藤岡弘と石田あゆみの海辺のラブシーンはいまだに鮮明に記憶がある。なぜだかわからないが父親と観に行っていて、この場面、気まずかった。

その後中学の前半は星新一、小松左京を読んでいたが、後半で筒井康隆にはまった。発売されている作品は、ほぼ全部読んだ。「日本以外全部沈没」は、「農協 月へ行く」に収録されていた。

今、手元にあるが、この作品は「オール読物」昭和48年9月号掲載、単行本初版は、昭和48年11月30日。小松左京氏の了承を経て、数日間で書き上げたとか。

原作は、四六版上製本のなかの、わずか20ページの短編。日本以外が沈没し、世界中の人間が難民として日本に上陸する。

もともと新聞記者のたまり場だった。「クラブ・ミルト」では、ポンピドー大統領、ガンジー、毛沢東、周恩来、ローマ法王、ニクソンなど各国首脳がケンカをしている。さらに、フランク・シナトラ、ビートルズ、トム・ジョーンズ等のミュージシャンも、小さいステージでの仕事を求めて集まっている。

クラシックの巨匠のリヒテルとケンプが、ジャズのスタンダードの「Fly me to the moon」を連弾していると、店に注意されてあわてて「十三夜」を弾き出す、というシーンもある(笑)。

さて映画だが、まず笑うのが、日本語を話すように強要されている外国人たちの日本語だ。こんなことを言うのは差し障りがあるのかも知れないが、外国人は外国語を話しているとカッコイイのに、片言の日本語を話すとどうしてマヌケなのか

元国連事務総長が、上野公園をアメリカに譲ってほしい、と総理大臣に懇願する。それをおちょくる韓国と中国の首脳。すると事務総長は、立ち上がって怒り出す。

「ヲイ、チュゴクトカンコク。サキカラキイテレバ、オマエライツカラ、ニホンノイヌニナリサゲタ(成り下がった)。シンリャクノルクシ(歴史)、ワスレタノカ」

最初の大爆笑シーンだ。また、オスカー賞俳優ジェリー・クルージングが、だんだん仕事がなくなってきて、電話で相手を罵詈雑言してたかと思うと、懇願モードへ

「ミステナイデクレーヨォ」

どんどん傲慢になっていく日本人と、媚びへつらう外国人。基本的にそんな人間の醜いさまを斜に見ながら笑う映画なのだが、さすがに原作の20ページに対して映画は100分前後。様々なドラマも加えられている。

主人公である記者の「おれ」(小橋賢児)とキャサリンは、もともと国際結婚(って死語?)をしていた。しかし「おれ」は、しだいに日本流の従順を強いて横暴になる。そんななか、キャサリンは、初期の頃からのファンで「初恋の人」であるジェリー・クルージングと街で出会う。ジェリーは、風俗店のサンドイッチマンをしていた。

キャサリンは、「オスカーを取ってからのあなたは退屈だった。でも今のあなたはいい目をしているわ」と告げる。そしてとうとう「おれ」の家を出て路上生活のジェリーと暮らすようになり、死への道を共にする。

いいシーンだ。民族として、人間として、最低の矜持を保てなければ、死も辞さず、というところか。とは言え、それが重要なテーマという訳ではなく、あくまでシニカルに笑いをとるほうがメインなんですけれど^^;

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07年9月14日都響春祭1曲2,250円

と、大塚愛の曲のタイトルみたいですが、昨日2007年9月14日は、小泉和裕指揮、都響の東京文化会館定期演奏会に、後半だけ行ってきた

休憩前:ブラームス ピアノ協奏曲第1番 ピアノ:ゲルハルト・オピッツ

休憩後:ストラヴィンスキー「春の祭典」

新宿での仕事の打ち合わせが終わったのが、19時。演奏会は上野で19時スタートなのだが、都響には、「遅割」というシステムがある。当日券で、さらに休憩後のプログラムだけ聴く場合、半額で入れるのだ

平日、仕事が何時に終わるかわからない社会人に有効だし、後半の曲だけ特に聴きたい、というときにも使える。今日は、打ち合わせの終了時間しだいで、最初からか後半からか行こうと思っていた。

東京文化会館に着いたのは、19:30。1年ぶりぐらいか。文化会館は最近は1年に1度行けば多いほうだが、高校、大学時代は、足繁く通ったものだ。N響が例外的にNHKホールをホームとしていたのを除くと、在京オケの公演はほとんどここで行なわれていた。だから、たまに来るたびに、懐かしさのほうが先に立つ。

ちょうど19:30から遅割チケットの発売が開始されていた。都響定期は、ただでさえリーズナブルな価格設定なのだが、今回もB席\4,500を、さらに半額の\2,250で購入。春祭1曲、\2,250^^。1曲あたり価格でチケットを買うのは、なんだか、音楽配信や携帯配信で、アルバム曲を1曲単位で買うのに、なんだか似ている気がした。

演奏が始まる。が、いきなりのメインプログラムに、気持ちの違和感がある。やはり、食前酒を飲んで、オードブルを食べてからメインディッシュを。。という流れに慣れ切っていると、いきなりメイン曲、という状況には、なかなか気持ちが慣れないものがある。

今日の春の祭典は、きわめて機能的な演奏だった。春祭の演奏の類型化パターンとして、生命が胎動し始めるような原初的なエネルギーを描く演奏と、音そのものを機能的に際立たせる演奏に分類することができる。前者がゲルギエフタイプとすると、後者はブーレーズタイプだ。

今日の演奏は、間違いなく後者のタイプだった。冒頭から、各パートをくっきりと描き出し、この曲の音の機能美を追求していくことに成功していた。だから、右脳よりも左脳で感じる取ることが多く、逆にこの曲の特徴である、音楽そのものから発されるエネルギーの塊を感じて圧倒され感動する、ということはあまりなかった。

しかし、在京のメジャープロオケで、クラリネットの大事な部分でのここまでのリードミスは、あまり記憶がない。自分も演奏していた楽器だけに、リードミスが起きる構造は熟知しているし、本番であれをやってしまった瞬間の絶望感も生々しい。こちらまでが緊張してしまう。

あとホルンにもあれ?と思う箇所があったが、それを除くと全体的に安心して、このシュアで洗練された春祭を堪能することができた。ただ、自分の好きな春祭の演奏は、地球が爆発するようなタイプのものなので、そういう意味では物足りなかったかも知れない。

しかし改めて、いつでもさくっと演奏会に行ける環境は、いいものだと思う。沖縄に住みたい、などという願望はずっとあるのだが、在京オケや世界のオケを堪能できる環境は本当にありがたいと思わないと^^

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学芸大附高オケと筑波大附高オケ

070909今日9月9日は、東京学芸大学附属高校の文化祭、辛夷祭(こぶしさい)に行ってきた。

昨年に続いて2度目なのだが、これだけの人数の高校生にまみえるのは、(当たり前だが)自分の高校のとき以来。植物で言えば、新緑も新緑。。その生々しい息吹きに、思い切り圧倒される

当初は、軽くジャズのライヴと「南国喫茶」に顔をだしてから、東フィルのオーチャード公演に行く予定だった。しかし、昨日の午後のテニスが、遅れて来たからと連続で数試合をやるハメになって、今日は少し熱中症ぎみ。

そんなこともあって、今日のオーチャードは見送ることにした。そんななか、学内の貼り紙に気付く

学芸大附高音楽部(=オーケストラ)公演

ドヴォルザーク:スラヴ舞曲第1番

チャイコフスキー:交響曲第5番

なんと、普通の高校オケでチャイ5をやるのか! これは体調が不良でも、ちょっと覘くだけ覘いてみたくなる。

今から30年前、自分も別の国立附属高のオケの上級生学年だった。秋の文化祭のメインは、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」。これも難曲ではあったが、自分の高校時分は、チャイ5などレベルが高過ぎで、本番で演奏することなど、とても考えられなかった

しかし、まず講堂で見るオケの陣容に、驚く。ドヴォルザークにもチャイコフスキーにも充分な人数なのだ。パンフを見ると、メンバーは80人強だと言う。それも、春には希望者が定員オーバーで、オーディションまでしてその人数なのだ。

自分の高校オケ時代は、東大オケを中心としたOBOG大学生の助けを得て、ようやく40人程度だっただろうか。そもそも人数からしても、前期ロマン派が精一杯だった

ましてや、オーボエもファゴットも学校にはなかった。独自でそんな木管楽器を持ってる人間もほとんどいない。だから、このあたりのパートは、代わりにフルートやクラで吹くか、OBOGにのってもらうしかなかったのだ

さて、演奏を聴いてさらにびっくり。それは市民オケ並みのレベルなのだ。うたう弦、細かいパッセージをこなす木管、そして圧巻は金管。びしっときまるアンサンブルは、もう感涙ものだ。見事なチャイ5だった

アンコールは、十八番なのだろうか、慣れた感じのハンガリー舞曲の5番。今回で引退する2年生たちの目には、涙が光っていた

娘が中学生になったあたりから、彼女の暮らしぶりや、話を聞いていると、今の自分と30年前の当時の自分を、パラレルで生きているような気がすることが多くなってきた

今日、学芸大附高オケを会場で聴いていたら、30年前の自分の高校オケ時代が蜃気楼のように浮かんできて、軽く眩暈がしてきた

我が母校、筑波大附高のオケは、この30年で、学芸大附高オケ並みに進化しているのだろうか? 久々に聴きに行ってみたくなりました^^

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久々のサントリーホール 07年9月7日東フィル定期初日

2007年4月から8月まで改装中だったサントリーホール。9月7日は、5ヶ月ぶりにサントリーホールで演奏を聴いた

改装といっても、見た感じ、様子は何も変わっていない。身体障害者用の椅子を充実させたとの記事は見かけたが、あとは基本的なオーバーホールだったのだろうか。

今日は、今シーズンの東フィルサントリー定期の初日。指揮は、チョン・ミョンフン。通常は4月から3月までの1年で8公演なのだが、改装があったため、9月から3月に圧縮されてプログラムされている

ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲

コダーイ:ガランタ舞曲

ドヴォルザーク:交響曲第7番

前期、前々期は、LDブロックのB席で聴いていた。この席のメリットは、全体を俯瞰でき、オケのバランスもよく聴こえるところ。逆にデメリットは、ステージから遠いことに起因し、臨場感に欠けることと、様々な雑音の影響を被ることだった。

そんなことから、今期はRBブロックのA席に変えてみた。LDのデメリットは2つとも解消されるはず。そして、バランスも、ある程度確保できる

ホールも改装後初、席も変え、しかも久々の週末金曜夜の演奏会。曲も、クラリネットが活躍するガランタと、過去演奏会で聴いた記憶がないドボ7。様々な意味で、期待を膨らまして、会場に向かった。

さて演奏は、ミョンフン氏独特の、緩急、デュナーミクを効かせ、各パーツをくっきりと浮かび上がらせる熱いものだった。とくに、コダーイとドヴォルザークの弦の熱さは圧巻。

ドヴォルザークに象徴される汎スラヴ主義は、ハンガリー民族運動による抑圧との対立項として語られるが、今日のガランタと7番の弦の熱さは、自分からすると通底するものを感じた。

ところで、隣席で聴いた友人との最初の共通の感想は、「音が来ない」というものだった。これまでサントリーで聴いたRA、RB、LA、LB席では、もっと生々しい音がダイレクトに伝わってきた。

しかし、今日はそれがかなり薄まった感じがした。視覚的に見るヴァイオリンの熱のこもったボーイングと、実際に聴こえてくる音には、明らかなギャップがあった

これは、サントリーホール改装の影響なのだろうか。だとすると、RB席にしたメリットが弱くなってしまうのだが。。

★★ちなみに、今回が300件めの記事となりました(PVは27,000頂きました)。これもひとえに読んでいただいてる皆様のおかげです。今後とも、よろしくお願い致します^^

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『ショーシャンクの空に』と「フィガロの結婚」

Shawshank2日の日曜は、映画通の友人Oさんが自宅に遊びに来てくれた。携帯のメールでやりとりしているうちに、Oさんおススメの映画、『ショーシャンクの空に』を、うちで一緒に見ることになったのだ

『ショーシャンクの空に』は、アメリカでは1994年、日本では1995年に公開された。公開当初は、鳴り物入りでもなければ、大反響を呼んだわけでもなかったそうだ。

しかし、この映画の深い感動は口コミに口コミを呼び、「マイベスト作品」とする人が全世界的に増え続け、現在では、心あるランキングでは常にベスト3に入っているのだ。

原作は、スティーブン・キング。邦題は『刑務所のリタ・ヘイワース』。1994年といえば、ちょうど自分が海外ミステリーや音楽・映画の翻訳出版の編集をやっていたころだから、この小説の映画化、というのはなんとなく覚えがある。

さて、拙宅に着いたOさんとともに、16時頃からこの映画を見始める。

いきなり、殺人の冤罪で投獄される、主人公の銀行員、アンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)。初めは心を開かず孤立していたが、やがて「調達係」レッド(モーガン・フリーマン)と親交を深めていく。

アンディは、自身の人間性やスキルをもって、受刑者だけでなく刑務所の職員、所長にまで信頼を高めていく。しかしアンディはあることから絶望の淵に立たされる。そして彼の起こした行動とは・・・?

映画の後半に差し掛かったところで、こんなアンディの台詞があった。

「人生とは、必死で生きるか、必死で死ぬか、そのどちらかだ。」

もちろん、アンディの置かれた状態とはレベルが違う。でも自分も、ただ「必死で死ぬ」だけの毎日に追い込まれたことが、何度かあった。だから、この台詞は、心の奥底にまで響いた

そしてアンディは、「HOPE」という単語を幾度か口にした。人生、それを失ったら終わりだ、と。だから、どんなときもそこに向かって生きるのだと。生半可ではない。無実の罪で終身刑に服している人間の言葉だけに、重みがある。

そして、あっと驚く展開。さらに、あまりに感動のラスト。。レッドの表情が、涙を誘わずにいられない。こんな素晴らしい映画を教えてくれたOさんには、感謝してもし切れない。

ところで、この映画の途中にも、クラシック音楽が重要な役割を果たすシーンが登場する

アンディが、罰を覚悟で、刑務所じゅうに音楽を流すのだ。それは、囚人たちの殺伐とした毎日が「灰色」だとすると、そこを一瞬のうちに、美しい満開の花の色に変えたようだった。曲は、

モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』より”手紙の二重唱”「そよ風に寄せて」

そしてエンドロールで確認すると、なんと演奏は、自分が敬愛する指揮者、カール・ベーム (ベルリン・ドイツ歌劇場管弦楽団・合唱団/1968年録音 ドイツ・グラモフォン/歌唱:伯爵夫人(グンドラ・ヤノヴィッツ),スザンナ(エディット・マティス) )によるものだった

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