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ライスターとギャベのサン=サーンス:クラリネット・ソナタ

サン=サーンスのクラリネット・ソナタは、自分のなかでも重要な作品の1つだ。昨年のブログにも書いたが、

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_a899.html

死の年に書かれたこの作品は、諦観と微かな希望の間に揺れる心情が綴られる。透明感にあふれ、静かにしかし強く胸をうつ名曲である

この曲を初めて聴いたのは、ちょうど30年前。それ以来、モーリス・ギャベのクラリネット、アニー・ダルコのピアノによる、1975年録音の演奏が長らくマイベストだった。

そんななか、先週、カール・ライスターのクラリネット、フェレンツ・ボーグナーのピアノによる演奏を聴いた。正直、根本的にこの曲を捉え直さざるを得ないような内容だった。

カール・ライスター。現在、世界のNO.1クラリネット奏者であることは、異論の余地がないだろう。今年2007年3月には、サントリーホールでモーツァルトのクラリネット協奏曲を聴いた。

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/320__a8c9.html

完璧な音色。それはまさに「ザ・クラリネット」とでも言うべき、クラリネットの最も美しい音。世界中の誰もがこんな響きを目指す。

曲の解釈は、奇をてらうところは一切なく、きわめてオーソドックス。それでいて、それがオリジナリティとなり、深く、心の芯の芯にまで感動をもたらす

それは、この世の奇跡としか言いようがなく、終了後しばらく、茫然自失滂沱の涙状態に陥ったものだった。

そんなライスターのサン=サーンスは、このモーツァルトの演奏と同じことが言える

究極の音色。太すぎるほど太く、余裕がある音。楽譜に忠実な解釈。抑制された感情と客観性。なのにそれが唯一無二の独自性となって、奥深い感動を与えてくれる。

もしこの演奏を初めに聴いて馴染んでいたら、まさしくこれが最高の演奏として、自分にインプットされていたに違いない

しかし、自分には30年にわたり、しっかりと聴き込んだモーリス・ギャベの演奏がある。

ギャベの演奏は、ライスターの演奏と対極にある。音の線が細い。ライスターのそれと比べると、窮屈にさえ聞こえてくる。だからこそ、逆に主観的だ。

諦観と微かな希望が、揺れ動く小舟のように交互にやってくる。何かに急きたてられ、しかしふっと諦めてしまう。ライスターと比べると、感情的だ。内面が吐露される

死が目前まで迫っていた、サン=サーンスが乗り移ったかのようだ

そんなライスターとギャベの演奏。どちらがいいのかと言われると、どちらもいいと言うしかない

同じ曲なのに、こんな対極にある。でもどちらも素晴らしい。宝物は2つあったのだ。

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