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山へ。

今年の夏休みは、すべて結石の治療と通院に使ってしまったが、24日金曜はようやく健康な状態で休みがとれた。

朝起きて、さてどうやって1日過ごそうか考えていたところ、今年に入ってから、ただただコンクリートのなかで過ごす日常がずっと続いていることに気付く。海や森はおろか、木の1本も見ていないかもしれない。そんなわけで、突然、高尾山に行くことに決めた。

011 高尾山は、確か小学校の遠足で行って以来。ネットで調べると、京王線の高尾山口駅まで自宅から1時間。かなり近い。実際、12時過ぎに家を出て、小田急線、南武線、京王線と乗り継ぎ、1:30にはもう高尾発のケーブルカーに乗っていた

さて、ケーブルカーの終点から、山頂まで40分。木々の緑と蝉の声に包まれて歩く山の中は、さすがに日常から離れた異空間だ。

とはいえ、テニス以外まともな運動をしていない身にとって、これだけの坂道と階段は、相当厳しい。暑さもあいまって、途中、何度か気が遠くなる。さわやかな森の空気に包まれる事前のイメージだったが、かなり現実は違った。

それでも大汗をかき足の筋肉に来つつ、40分という案内のところ30分で山頂に到達することができた。

最初は、とくに山頂にこだわっていたわけでは全くなかった。しかし、人間(日本人?)というものは不思議なもので、「達成すべきもの」があると、どうしても気持ちがそこに向いてしまう。森の空気を堪能すればいい、と思っていたものの、いつの間にか当たり前にひたすら山頂を目指してしまった。

夏休みで混んでいるかな、と思ったものの、さすがに平日だし、こんな暑いときに人は山に来ないのかも知れない。やはりハイシーズンは、春か秋なんですかね~。

010 17時過ぎに自宅に戻り、行きつけの洋食店「キッチンマカベ」で、ビールとカツカレー^^; せっかく消費したカロリーをまた充填してしまい、さらにメタボまっしぐらです。。(笑)

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自宅で堪能 多摩川花火大会@二子玉川

20070818_00418日土曜19時から、二子玉川での多摩川花火大会が、世田谷、川崎で同時開催された

かつては、毎年恒例だったのだが、確か2003年は雨天中止。その後、開催されない年が続いていたが、今年は2002年以来の世田谷・川崎同時開催なのだそうだ。ネットで検索してみると。。

「川崎市と世田谷区の花火大会は多摩川の両岸を会場に一九九四年から同日開催し、多くの観客でにぎわってきた。しかし、〇三年は雨で中止となり、〇四年から世田谷区が多摩川支流の護岸工事の本格化で花火大会の開催を取りやめた。」(カナロコ:神奈川新聞ニュース)

とのことだ。

この二子玉川の花火は、以前から夏の楽しみだったのだが、マンションの10階に引っ越して以来、すっかり自宅からの鑑賞モードになった。多少距離はあるものの、気楽なのが何よりだ。友人にぶらっと来てもらえるのもいい。

そんなわけで、今日も久々に夕方から友人一家に自宅に来てもらい、近くの洋食屋でビールと食事をして、7時に帰宅。その後約1時間にわたって、世田谷・川崎両岸での光の競演を楽しむことができました^^

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完璧なフレンチレストラン、成城学園の「アシエット」

19日の日曜は、ミューザ川崎での演奏会のあと、成城学園のフレンチレストラン「アシエット」でディナーを食べた。

成城学園の北口にあるこのフレンチ、以前から気になってはいたのだが、今回が初めて

外観からは、こぢんまりとしたイメージがある店なのだが、実は、4階から地下1階まで、5フロアを擁する。地下はワインバー、3階、4階がパーティールームと個室、1階がエントランス&キッチンで2階がメインダイニングだ。

店に入ると、いきなり優雅な空間のエントランス。ここにいるだけでも、気分がいい

そして2階のメインダイニングに通される。これがまた非常に落ち着いた、大人の空間だ

どの席の傍にも小さめの絵画があるのもいい。また、すべての席がたっぷりとした空間を確保しているから、周囲が気にならない

もともと成城は都内の喧騒と一線を画した街なのだが、この店内にいると、ますますそんな気分が増幅される

ギャルソンの対応も完璧。初めて訪れる一見の客にもかかわらず、上客のような扱いをしてくれる

価格もリーズナブル軽いおつまみ、前菜、シャーベット、メイン、デザート2品、コーヒーのコースで、なんと5300円。今回は、さらにチーズを食べ、ビールとグラスシャンパンを飲んだが、それでも8800円と、1万円でお釣りが来た。

しかし、鴨胸肉とソースはとろけそうに美味だったし、青かびのヤギのチーズもこってりと絶品。自家製のパンが、これがまた究極だ。

何もかもが満足で、通常の時間の流れからそこだけ切り取られたようなひとときを過ごすことができた

マーラーの5番交響曲を聴いていたような時間。。とでも形容してみます^^

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「僕等がいた」と乙女チック体質?

Photo_2小畑友紀の「僕等がいた」を4巻まで読んだ。

購入のきっかけは、アマゾンの送料を無料にしようとしたこと。娘が夏休みの宿題で、岩波新書の本が1冊だけ必要になり、だったら他に何か買うものはないかなと考え。。それで、娘も自分も気になっていた「僕等がいた」を思い出したのだ。

普通の可愛い女子である高橋七美が、高校に入学。同じクラスの、いろいろと秘密がありそうな人気者、矢野元晴に惹かれていく。そして二人は付き合うようになる。

矢野は1つ年上の奈々と付き合っていたが、前の年の夏に奈々はモトカレの車に乗っていて事故死。矢野は、その奈々の妹で同じクラスの有里とも、なんだか謎含み。。

と、今4巻までなのだが、昨今の話題作に比べると、かなり正統派というかオーソドックスな恋愛もの。のめり込むほど引き込まれるわけではないが、それなりに続きが読みたくなる。

ところで、アマゾンで買ったのは2巻まで。先に、高校2年の娘が読み始め、1巻を読み終わったところで、「なんだか普通だね」と言いのこし、早々にリタイアした

いっぽう自分は2巻まで読み、さらにもう2巻は書店で買って、さらに続きを読もうとしている。

う~ん。。自分って、17歳の娘より乙女チックなんだろうか? こんなことでよいのかと、一瞬、自分の来し方に思いを馳せる ^^;

でも自分は、「世界がどんどん拡がっていく感じ」を持つ作品が、けっこう好きなのだ。とくに10代後半からの、高校や大学への入学・卒業、新しい街、新しい出会い。。そんな拡がり感をうまく表現した作品に出会うと、その頃自分が味わった感覚が違うかたちのなかで生きているようで、新鮮な感慨がある。

「僕等がいた」、もう少し続けて読んでみます。

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07年8月12日 フェスタサマーミューザKAWASAKI2007 フィナーレコンサート

8月12日は、ミューザ川崎における、「フェスタサマーミューザKAWASAKI2007」大友直人指揮、東京交響楽団  フィナーレコンサートに行ってきた。ヴァイオリンは、チャイコフスキーコンクールで優勝した、神尾真由子さんだ。

・ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」よりハンガリー行進曲

・ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」

・ペレグリ:「クリザリッド」

・サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

・ラヴェル:ダフニスとクロエ第二組曲

もともとこのチケットを購入したのは、8月に定期演奏会がなく、何か行こうと思って探したことがきっかけである

そんななか、ミューザのフェスタで、S席が\3000と格安だったことと、自分の好きな曲だがなかなか演奏会でやらないサン=サーンスの3番コンチェルトを聴きたかったこと、そしてもちろんマイフェイバリットのダフニスがあったことも大きい。

そして、神尾真由子さんのニュースが入る。期せずして、注目の演奏会となったわけだ

しかし、この価格でフェスティバルの一環であり、さらに指揮者の「語り」も入る演奏会。子供も多かったり、かなりラフな一般層向けのものと、心の準備をしていった

ところがどうして、観客のマナーは非常によく、通常の定期公演よりもよほど雑音が少なかった。指揮者の大友さんも、「水を打ったように聴いてくださって」とコメントしていた。(ダフニスの第1曲の後半あたりから、左サイドで雑音がしていたのが、唯一残念だったが。。)

演奏は、大友氏ならではの、オーソドックスな解釈に加えて拡がりを持つテイストが、安心できる

ペレグリの「クリザリッド」とは、大友氏の友人の曲だそうだ。有名な曲のフレーズがここかしこに出てくる、ユニークな曲とのこと

もちろん初めて聴くのだが、冒頭ストラヴィンスキーのぺトルーシュカから始まり、ブラ1、マーラーの1番、ベト7、幻想、ダフニス、チャイ5、運命の3楽章、などが次々と姿を現して消えてゆく。こんな曲を聴くのは初めてで、シンプルにおもしろかった。

そして、神尾真由子さんのサン=サーンス。むせびなくようなフレーズを切々とうたい上げたかと思うと、感情的な表現をあえて抑えぎみに進む箇所もあり、若干の乱れもあったものの、申し分のない演奏だった。

なんと神尾さん、サン=サーンスは今日が初めてだそうだ。貴重な日に立ち会えたものだ。本当にこれからがさらに楽しみなヴァイオリニストだ。

今日は、この演奏会の前に、映画『日本以外全部沈没』を見て大笑い。さらに演奏会のあとには、成城学園のフレンチ『アシエット』で完璧なサービスを堪能。エンタメコンテンツが満載の1日だった。映画とフレンチの件は、追って書きます^^

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8月11日は炎天下テニス

まさに夏真っ盛り。東京も、連日の晴天だ。

天気予報を見ていると明らかだが、大抵の日本人は、この暑い夏があまり好きではないようだ。しかし、自分はこのぎらぎらとした太陽にあたっていると、エネルギーをもらっている感じがして、決して嫌いではない

もちろん、六本木や新宿で、ビルや自動車から放出される熱波を浴びるのはかなり不快だ。が、純粋な太陽の熱は、かなり快感なのだ

人から、「暑くてまいりますね~」という、時候の挨拶をされると、いつも何て答えるか迷ってしまう

「ほんとですね~」と普通に対応すればいいのだが、ときどき「いやいや、自分は快適です」などと言ってしまったりするのだ

ところで11日は、そんな炎天下のなか、月一恒例のテニスに行ってきた。さすがの自分も、この暑さでのテニスは、かなりこたえる。

しかし、いっぽうで、暑さで眩暈がしてくるような中で動き回っていると、第三のハイパーな力(?)がどこからかみなぎってくるのだ

今日の結果は、4ゲームマッチ3試合だけだったが、4-0、4-0、4-3と3勝0敗

そして真夏のテニスのあとは、シャワーとビールがまた格別だ。今年は結石で、夏休みがなくなってしまったが、束の間、盛夏を満喫した午後だった。

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07年8月7日 アジア・フィルハーモニー管弦楽団 演奏会

7日は、東京オペラシティにおける、チョン・ミョンフン指揮、アジア・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行ってきた。曲目は、ドヴォルザーク:交響曲第8番とブラームス:交響曲第1番

今年前半は、月4回前後のペースで行っていた演奏会だが、7月は結石で通院や手術などしていたため、久々に月0回。6月以来、久々の演奏会となった。

アジア・フィルとは聴き慣れない名前だが、アジア8ヶ国の音楽家たちによる、オールアジア的な要素を持つオケとのこと。

サッカー代表のように、ふだんはヨーロッパやアメリカのオケで活躍する演奏者たちが、アジア・フィルの名のもとに、ここに集結しているのだ。

席は、ステージ左の2階。指揮者を真横から見る位置になる。

いきなり、地響きのように伝わってくる、圧倒的な低弦。もちろん、低弦を正面に見据える席の影響もあるが、それより何より、オールアジアの自負なのだろうか。すでに亜熱帯と化してアジアらしさを増す東京の熱とあいまって、弦の熱さはタダモノではない

木管のフォルテのときのフィンガリングも気合が入っているし、金管のビシっとした咆哮もすさまじい。極めつきは江頭2:50を思わせる、個性的な風貌のティンパニ奏者の強打。ついつい、引き込まれていました^^;

ミョンフン(最近、イ・ビョンホンを「ビョンホン」と呼んでいる叔母にならってみました)のドヴォルザークの8番は、一昨年の2005年7月22日に東フィルサントリー定期で聴いたが、そのときのスピードとキレには身体が踊り、大感動だった。

それと比較すると、今回は準よりも遅めのテンポ。だが、充分に張り詰めた緊張感がみなぎってたっぷりとうたい、東フィルの演奏とは好対照だった。

また、ミョンフンのブラームスの1番は、1998年7月6日にやはりサントリーで聴いた、ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団以来。オーソドックスなアプローチはこのときと変わらず、安心して身を委ねられた。

しかし、オペラシティではいつも1階後方か2階のセンターで聴いていたが、今回初めてステージ横の席で聴いてみた。サントリー、劇術劇場などと比べて、その差は非常に大きかった。

5月のフランス国立も今回もP席で聴いた友人は、その音圧はほぼ同じだった、という。が、フランス国立を2階センターで聴いていた自分は、そのあまりの聴こえ方の違いに、唖然とした。後方で聴く中和的な音と、ステージ近くで聴く生々しい音の差が、他のホールよりも甚だしいのだ

ステージ横は、リアルな音を充分な音圧で聴けるメリットの反面、客席で聴いていない感じがするデメリットもある。自分がオーケストラの中で演奏しながら聴いているような感じなのだ。本当に、座席選びはむずかしい。

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ライスターとギャベのサン=サーンス:クラリネット・ソナタ

サン=サーンスのクラリネット・ソナタは、自分のなかでも重要な作品の1つだ。昨年のブログにも書いたが、

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_a899.html

死の年に書かれたこの作品は、諦観と微かな希望の間に揺れる心情が綴られる。透明感にあふれ、静かにしかし強く胸をうつ名曲である

この曲を初めて聴いたのは、ちょうど30年前。それ以来、モーリス・ギャベのクラリネット、アニー・ダルコのピアノによる、1975年録音の演奏が長らくマイベストだった。

そんななか、先週、カール・ライスターのクラリネット、フェレンツ・ボーグナーのピアノによる演奏を聴いた。正直、根本的にこの曲を捉え直さざるを得ないような内容だった。

カール・ライスター。現在、世界のNO.1クラリネット奏者であることは、異論の余地がないだろう。今年2007年3月には、サントリーホールでモーツァルトのクラリネット協奏曲を聴いた。

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/320__a8c9.html

完璧な音色。それはまさに「ザ・クラリネット」とでも言うべき、クラリネットの最も美しい音。世界中の誰もがこんな響きを目指す。

曲の解釈は、奇をてらうところは一切なく、きわめてオーソドックス。それでいて、それがオリジナリティとなり、深く、心の芯の芯にまで感動をもたらす

それは、この世の奇跡としか言いようがなく、終了後しばらく、茫然自失滂沱の涙状態に陥ったものだった。

そんなライスターのサン=サーンスは、このモーツァルトの演奏と同じことが言える

究極の音色。太すぎるほど太く、余裕がある音。楽譜に忠実な解釈。抑制された感情と客観性。なのにそれが唯一無二の独自性となって、奥深い感動を与えてくれる。

もしこの演奏を初めに聴いて馴染んでいたら、まさしくこれが最高の演奏として、自分にインプットされていたに違いない

しかし、自分には30年にわたり、しっかりと聴き込んだモーリス・ギャベの演奏がある。

ギャベの演奏は、ライスターの演奏と対極にある。音の線が細い。ライスターのそれと比べると、窮屈にさえ聞こえてくる。だからこそ、逆に主観的だ。

諦観と微かな希望が、揺れ動く小舟のように交互にやってくる。何かに急きたてられ、しかしふっと諦めてしまう。ライスターと比べると、感情的だ。内面が吐露される

死が目前まで迫っていた、サン=サーンスが乗り移ったかのようだ

そんなライスターとギャベの演奏。どちらがいいのかと言われると、どちらもいいと言うしかない

同じ曲なのに、こんな対極にある。でもどちらも素晴らしい。宝物は2つあったのだ。

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「成城散歩」の抹茶ババロワ

200707282抹茶ババロワと言えば、神楽坂の「紀の善」が有名だが、成城学園「成城散歩」も、なかなかだ。

とくに、抹茶の苦味とコクがなんとも大人のテイストで、上の生クリームやあんことのハーモニーが絶妙です^^

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