« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

『Denim』竹内まりや

Photo_43 5月23日、6年ぶりとなる竹内まりやのニューアルバム『Denim』が発売された。初登場1位は、確実だろう。

最近は、1年があっという間にたってしまうので、もう少し長いレンジのほうが、自分を振り返って見つめ直すのには、いい間隔だと感じる。

例えば、3年おきの運転免許の更新、4年おきのオリンピックやワールドカップ、そんなほうが「一つの期間」として捉えやすいのだ。

そんななか、竹内まりやのアルバムリリース間隔は絶妙だ。6年というタイミングは、まさに大人の時間感覚(間隔)という気すらしてくる

ちょうど6年前、『ボナペティ』が発売された2001年の夏は、僕が久々に音楽業界誌の雑誌編集業務に戻ったときだった。着任してすぐに、達郎さん&まりやさん夫妻が恒例としている、アルバム発売時のディーラーコンベンションに参加。ご本人たちと直接対面し、しかも生でデュエットまで歌ってくれた。

自分の節目が、日本人のマイフェイバリットアーティストである達郎さん&まりやさんの節目とタイミングが合い、感動し勇気付けられたものだった。

お二人とは、さらに前の音楽情報誌編集時代も、アルバムタイミングには必ずインタビューの時間を頂いて、貴重な時間を共有させてもらっていた。

そして、『Denim』。しかし、まりやさんの声は全く衰えないどころか、新たな艶とさらに大きな表現力すら感じられる。奇跡的なことだ。そして、変わらないスタンダードな音に新しさまで感じさせてくれる、達郎サウンド。本当に嬉しくなる。

また各曲の歌詞は、自分たちの世代を応援してくれる内容で、自分の6年を振り返りながら聴いていると、しみじみと感じ入ってしまう

極めつきなのは、ラストの「人生の扉」だ。サウンドもこの素晴らしいアルバムの最後の曲にふさわしいし、歌詞は涙が出るばかり。こんな応援歌を共有できて、本当に僕らの世代は幸せだと思う。

「満開の桜や 色づく山の紅葉を 

この先いったい何度 見ることになるだろう

ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ

ひとりひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ」

ここのところは、直接お会いする機会はなくなってしまったが、いつまでもいつまでも素敵な音楽をつくり続けてほしい、と切に思います

| | コメント (4) | トラックバック (0)

大阪へ。

07052828日は、大阪まで日帰りで往復した。東京で生まれ育つと、大阪は仕事以外では縁遠い子どものとき以外、全部出張のような気がする。ちょっと思い出してみると、

1970.9 大阪万国博覧会(日帰り)

1989.4 工藤静香ライヴ取材(1泊:カメラマンと道頓堀周辺を探索)

1990.8 中島みゆきライヴ取材(1泊:堂島でレコード会社の接待)

1997.5 大学生向けセミナー(1泊:梅田で飲み)

1998.5 同上(2泊:梅田と心斎橋近辺で飲み)

1998.12 大阪の出版社と提携交渉(とんぼ帰りで板橋まで出張校正へ)

1999.5 大阪の製本所から書籍の発送作業(終了後、大阪ディープゾーンに潜入後日帰り)

2007.5 企画打ち合わせ(今回/すぐ帰り)

という感じ。やはり大人の7回は、仕事ばっかりだ。いまだに、大阪はよくわかりません^^;

さらに、新幹線に乗るのもひさびさ。のぞみが増えてひかりが減ったものだ。昔は、のぞみは管理職だけが乗れるとかいう時代もあったのだが(笑)。しかしこれだと、

昔の<ひかり→こだま→在来線特急>が、

のぞみ→ひかり→こだま>になっただけのような気がしますが。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『メタボラ』桐野夏生

Photo_2今週は、火水木で、桐野夏生の新刊『メタボラ』を読んだ。朝日新聞で連載していたのだが、新聞は一度読み損ねるとなかなか続かなく、新刊の発行を待っていた。

以前、週刊文春に連載していた『グロテスク』があまりにおもしろく、一気に好きな作家になってからもう6年。『メタボラ』は、『魂萌え!』に続いて、新たな作風を示したように思う。

事件をモチーフにして、人間の深層心理を抉り出した『グロテスク』、『リアルワールド』。それが極限まで行き過ぎて、自分としては後味の悪い『残虐記』『アイム ソーリー、ママ』。ミステリーを超えて極上のエンタテインメントにまで達している『OUT』『柔らかな頬』。

『魂萌え!』『メタボラ』は、そんな流れとはやや趣を異にし、昨今の社会問題を背景に、そこを生きる現代人の姿を映し出した作品だ。相変わらずその状況描写と心理描写は、凄まじいばかりだ。

『メタボラ』の舞台は、沖縄のやんばる、本部、名護、恩納村、那覇、宮古などなど。沖縄は過去10回の滞在でかなり隅々まで行き尽くしているので、そのどれも光景がありありと浮かぶ。

主人公のギンジは、家庭崩壊から過酷な人生を歩むことになる。なのに、この話しはなぜか重く暗い感じがしないのはなぜだろうか

それは、亜熱帯の気候のイメージが何もかもをポジティブに彩るのと、ギンジとジェイクの若い2人のバックパッカーのような日々が、ぎりぎりの貧窮生活ながらも夢を感じさせるからなのだろうか。(作者にその意図があったかどうかは疑問だが)。

しかし他でも書かれているが、5月27日付朝日新聞の本書書評は、全文にわたって的をはずしていないだろうか

とくにラスト、「謎めいたタイトル『メタボラ』がその意味を開示するクライマックスは、まさに圧巻だ」とあるが、クライマックスは、桐野作品のなかでも極めて淡々としたものだ。このように特筆して評を締めくくる要素は、ないと思いますが。。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

07年5月25日 大塚愛 『愛 am BEST Tour 2007』

20070427_0025月25日は、国際フォーラムの大塚愛 『愛 am BEST Tour 2007』 ~ベストなコメントにめっちゃ愛を込めんと!!! ~ に行ってきました!

噂には聞いていたが、ファン層が幅広い! 女子同士もいるし、勤めを振り切って駆けつけた系のネクタイおじさん(ネクタイしてないだけで私も同じですが^^;)もここかしこで見かけたし。

自分は『LOVE PUNCH』『LOVE JAM』『LOVE COOK』の3枚のアルバムはかなり聴き込んでいるが、実はライヴは初めて。明るくハッピーなノリノリのモードに身を委ねようと、かなりのハイテンションで会場入りする。

が、序盤から中盤にかけて、バラード系が続く。考えてみると、そういえば大塚愛、バラード系の聴かせる曲も多かった

ついつい、「Happy Days」「さくらんぼ」「SMILY」といったアップテンポ系の超メジャーヒットの印象が前面にあるけれど、3枚のアルバム、切々と歌う系もたっぷりあったなぁと今さらながら思う。

もちろんバラードも最高だし、ここまで聴かせてくれるとは思わなかった。個人的には、「ネコに風船」「甘えんぼ」は、ハートの奥にまで届いた感があった

そしてアンコール前後には、先のアップテンポ系の3曲は、しっかりと聴かせてくれて、「CHU-LIP」では、お馴染みチューリッパーズ(?)の面々もオールキャストで登場。かなり笑いも取っていた。

しかし初大塚愛ライヴ、満足度はかなり高く、6月も行きたい気分になっています。。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

07年5月21日 ウラディーミル・フェルツマン ピアノ・リサイタル 紀尾井ホール

22日は、業界関係の友人にお誘い頂き、ここのところオーケストラばかりの自分としてはめずらしく、ピアノ・リサイタルに行ってきた。

・ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」、第31番

・ムソルグスキー「展覧会の絵」

紀尾井ホールは初めて、ピアノソロの演奏会は6年ぶり、「展覧会の絵」をピアノで聴くのは、たぶん1976年11月27日13:30東京文化会館における、アレクシス・ワイセンベルク以来。なんと31年ぶりだ

非常にいい演奏だった。個性的な演奏、とはこういうものを言うのだと思った。作曲家や作品の尊厳を損なうことなく、だが作品はあくまでも素材。そこにあるのは、あくまでフェルツマンの表現だ。

基本的にがっしりとした、漆黒をイメージさせる骨太な音ながらも、随所随所にやわらかく繊細なタッチも混じえる。大男がときどきささやいているよう、と比喩してみる。

どの曲もよかったのだが、曲順も影響して、「展覧会の絵」が最も印象に残っている

ステージに登場し椅子に座るか座らないかのうちに、冒頭2小節の単音を、かなり強くラフにペダルを全開にして弾き始める。と思うと、3小節目の和音からは、ぐっと音を抑えてていねいにテヌートなタッチ。

こんな独特なダイナミクスで始まった「プロムナード」に、いきなり魅了される。

その後も、展覧会の絵画を見ながら散歩している、というよりも、自らがその絵を描いて歩いているように、主体的な彩りの豊かさがあふれてくる

「テュイルリー」も、自分の今まで持っていたイメージを大きく覆した。こんなに美しく繊細に弾かれたら、まるで違う曲を聴いているみたいだ。

そして圧巻は、「バーバヤーガ」から「キエフの大門」。手元の楽譜では、ここはアタッカでff からになって移行するのだが、印象としては、fff からで入ったような感じ。

これは、「キエフの大門」トータルでテンションを高めてゆく効果に大きく寄与させるためだったことが、最後になってからわかった。 

いい演奏は、翌日まで余韻が残る。今日一日、フェルツマンの音の記憶に包まれていた

| | コメント (0) | トラックバック (1)

07年5月20日 ドホナーニ指揮 北ドイツ放送交響楽団 ミューザ川崎

・ウェーバー 歌劇『魔弾の射手』序曲

・メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 (諏訪内晶子)

・チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」

ミューザ川崎主催の、バイエルン放送響、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管との3点セット企画の第1回めだ。

セット価格で割安になっており、さらに同じオケの都内の公演よりも価格が安く、3点で\34,000。これはかなりお得な企画、と思って購入したものだ。

感想を一言で言うと、こんな感じ。

名曲コンサートみたいだなと思っていたら、ほんとに名曲コンサートだった

つまり、超メジャーな曲をやるな、と思っていたら、演奏会自体が、土日にやるいわゆる「名曲コンサート」的な感じだった、ということだ。

もちろん、さすがイッセルシュテットやヴァントの薫陶を受けたドイツのオケ、と思わせる箇所は随所に見られた。

全奏での音のバランスに優れ、弦、木管、金管、打楽器が突出することなく溶け合い、かといってそのどれもが埋没することなく、くっきりと浮き立ってくる

「魔弾の射手」の冒頭、ホルンの主題は圧巻だった。4本のホルンが充分な余裕をもった豊かな音色で、これでもかとばかりに、うたう。一瞬、オーケストラを聴いていることを忘れ去り、「音の魂」だけが浮き上がって響いてくるような気すらした。

しかし、このアンサンブルも、最後に音を微妙にはずし、現実に引き戻される。そもそも魔弾、第1小節の音の入りが合ってなかった

これはその後も続き、本質的なオケの力を感じるものの、随所の音の荒れに気持ちの集中を寸断された。

つくづく思うのは、音楽表現とそれによる感動は、常に充分な技術の上に乗るものだ、と。緊張感に欠けるようなミスが随所にあると、その表現にまで気持ちが至らない。安心して感動できないのだ。

もちろん理由はわからない。ドホナーニがオケを完全に手兵とするまでに至っていないのか、ツアーも後半で都内のブラームス2公演を終えて緊張感が途切れているのか。。すべて仮説に過ぎない。

さらに、周囲の客もイマイチだった。ビニールをガサガサさせる者、悲愴のクラリネットのppppppの箇所でカツカツと音を立てる者。。

ドイツのオケでは、昨年11月のドレスデン国立歌劇場管弦楽団が、圧倒的に素晴らしい演奏を聴かせてくれた↓。どうしても、比較してしまう。

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/1123__0467.html

やはり、今日は「名曲コンサート」だった、というのが結論です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウルトラセブン第44話「恐怖の超猿人」(ゴーロン星人)

★このブログが本になりました!★

2013年4月25日発売!

『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』

(青山通・著、アルテスパブリッシング・刊)

冬木透氏にも取材、最終回の音楽秘話も掲載!
⇒著者による最終回+ベスト8話の内容と音楽を詳述!

出版社HP(http://www.artespublishing.com/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●アンヌ、危うし!

しかし、カッパ退治のあと、「人類は先住民族を海底に追いやった挙句壊滅させたのか」、「機械化を進めることは人間にとって幸福なことなのか」、という重くシリアスな話が続き、そしてその次はゴリラ退治

90kmの人を喰ったようなスローカーブのあとに、内角高めでホップする150kmの直球が2球、そしてまたハエのとまるようなスローカーブが来るような。。そこまでの緩急には、たとえイチローをもってしても、お手上げなのでは。セブン、おそるべし! 

Photo_40 それにしても、ゴーロン星人、その地球侵略の戦略は、

猿と人間の脳波を入れ替え猿人間を増やし、地球を猿人間が支配するようにする

というものだ。本当に脱力してしまう。一瞬にして入れ替えられるのならまだしも、どうやらそれは一人一人手術台にのせて、「脳波交換装置」にて処置しないとダメらしい。手間がかかり過ぎだ。ましてや、一人めの猿人間は、勝手な行動をとってゴーロン星人の足手まといになってるし。そして、ゴーロン、声が非常にバカっぽい。

しかし本作品は、セブン49話中の、最大のみどころの一つがあるのだ

モンキーセンターで、博士の助手の女に軟禁されるアンヌ。鞭を一発打たれ、「あぁっ!」と悲鳴を上げる。アンヌ、全編を通して最大級に切迫感のある悲鳴だ。手術台に設置され、「やめて。。やめてください! お願いします。やめてください!」と懇願するも、脳波交換装置を取り付けられる。

猿人間が助けなかったら、危うくアンヌは、猿の脳波(助手の女は、脳みそと言っているが)と交換されてしまうところだった。(それも少し見てみたかったような気もする。。)

正しいセブンファン、アンヌファンなら、必ずおさえておきたいシーンだ

(たまに人からマニアックだと言われることもありますが、本当のマニアとはフジ隊員に萌えるような人を指すのだと思います^^;)

★ところで、先日のmixiのセブンコミュでは、ゴーロン星人について「センター街にいそうな顔」という書き込みがあり、かなり笑いました^^。

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

→他の作品は、当ブログのウルトラセブンカテゴリーでどうぞ!

| | コメント (3) | トラックバック (1)

ウルトラセブン第43話「第四惑星の悪夢」(ロボット長官)

★このブログが本になりました!★
2013年4月25日発売!

Photo_7 『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』
(青山通・著、アルテスパブリッシング・刊)

冬木透氏にも取材、最終回の音楽秘話も掲載!
⇒著者による
最終回+ベスト8話の内容と音楽を詳述!

Amazonでも発売中

◎特別製作 セブンしおり付き

出版社HP(http://www.artespublishing.com/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●全編を通し、最も異彩を放つ作品

際立って印象的な作品だ。全49話のなかでも、異彩を放っている。もはや完全に大人向けの作品だ。

Photo_39 宇宙人・怪獣が全く出てこない、3作目。が、「侵略する死者たち」 「盗まれたウルトラアイ」では背景に宇宙人の存在があるのに対し、ここに登場するのは、地球そっくりな星で人間を支配するロボットである。

ストーリー自体は非常にシュールなのだが、実はそれは夢か幻ではなかったのか、という含みも持たせることで幻想的なニュアンスも醸し出している。実相寺監督独特の映像処理は、ますます際立っているし、音楽の使われ方も、非常に効果的だ。完成度高過ぎ。

そして残念ながら、その実相寺監督と、本作のキーパーソンであるソガ隊員が、相次いで亡くなってしまった。ご冥福を祈ります。。

■ストーリー

全自動宇宙ロケット、スコーピオン号が完成した。どんな長距離でも、眠っているうちに目的地に到着できる優れモノだ。しかしソガは、「さそり座」の意味を持つスコーピオン号に、占星術から不吉な予感を持つ

ダンとソガは、20日間眠り続けたままテスト飛行を続ける。しかしスコーピオン号は、地球から120億万キロ離れた第四惑星に誘導され、軌道をはずれてしまう

地球そっくりだが何か違う星に着き、違和感を持つダンとソガ。いきなり軍服の男に逮捕、連行される。コロッカラッ。待ち受けるロボット長官

この星では、自動化を進めて何もしなくなった人間が、2000年前にロボットにとって代わられてしまっていた。たてつく人間は容赦なく処刑されているし、ドラマの殺戮シーンも、本当に人間を殺して撮影されている。

そして、第四惑星では、地球の人間が自分たちのエネルギー源になることがわかり、地球を植民地化するための部隊がまもなく地球に向かうところだという

脱出するダンとソガ。それを手助けする、ロボット長官の部下で人間の、アリー(愛まち子)。人間の街で2人をかくまおうとする。アリーは捕らえられるが、死刑寸前のところをダンとソガが救出。ダンはセブンに変身し、変な音で断続的に出すエメリウム光線で、円盤から施設から破壊。ダンとソガは無事地球に帰還する。

警備隊では、夢か幻でも見てたんだろう、と一笑に付される。地球防衛軍も近いうちに機械で自動化されると言うキリヤマ。ソガは、それだと地球も第四惑星のようになってしまう、と危機感をつのらす。静養でもしてこい、とキリヤマ。

私服でワイシャツのダンとソガは、東名高速にかかる陸橋で、機械化の対極にあるような、「ゲタでの天気占い」をして、幕を閉じる。

■注目のシーン

●本作では、「地球のようで地球ではない何処か」をシュールに表現するシーンが秀逸だ。

その最たるものは、団地上空の「4つの月」だ。昭和時代の平凡な団地と、その上に浮かぶ、大きさの違う4つの月。このコントラストには、非常に衝撃を受けた。「地球のようで地球ではない何処か」を、端的にたったこれだけで、大いなるインパクトをもって表現し尽くしている。

また、ぽつっと置かれた赤い公衆電話が、ダンの顔アップの左下に小さく映り込んでいるシーン。本部に電話すると、「ただいまの電話番号は廃番になりました」とのアナウンス。地球の光景にしては、ただただ簡素過ぎるのに加え、「廃番」という耳慣れない表現に、ざらざらとした違和感が残る

そして、ダンとソガが連行された、ロボット長官の部屋。細長くてどこまでも奥行きが広く、色は白と黒。そこにデスクが1つだけ置かれている。隣の部屋もパラレルに同様だ。見事なシュールさ加減だ。

●本作は、音楽もいい。最初のスコーピオン号のシーンは、「ウルトラ警備隊の歌」のスローな金管ヴァージョンだ。ホルンとトランペットの柔らかい音が、スコーピオン号の安心感と宇宙の神秘的な雰囲気をつくる

そして、第四惑星の到着、帰還、ラスト前では、「希望的な終曲」のいくつかのヴァージョンがかかる。到着シーンでも、不安をあおる曲ではなく、あえて平和的希望的な曲を使っている。この音の彩りが、この話が幻かリアルか、ということを、オブラートに包む効果を与えているのだろう。

また、アリーや人間が虐げられる2度のシーンでは、ノンマルトのテーマが流れる。この音楽は、ノンマルトのテーマから、抑圧を受ける先住民族のテーマと、意味が拡張されているのだろう。(しかし、アリーさん。またまた美人の登場^^;)

●突っ込みどころも、ない訳ではない。相変わらず、戦略をなぜバラすのだろう。しかも、わざわざスコーピオン号の誘導までして。また、そもそもテスト飛行とはどこに向かっていたのだろう。さらに、今回ばかりは、ダンがセブンだと、ソガにバレたはずだ。巨大化して建物を壊したら、ソガとアリーは瓦礫の下では。アンヌが「遭難。。」とつぶやいた後のレジの音は何? 

まあ、すべてこの完成度の高さからしたら、取るに足らないことだ。

●07年5月7日の東京MXTVの放映では、死刑のシーンがカットされていたように思いますが。。。?

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

→他の作品は、当ブログのウルトラセブンカテゴリーでどうぞ!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

神田神保町の「鴻(オオドリー)」

今日は、モバイル事業をやっていた時代のマネージャー仲間3人で飲み会。神田神保町の「鴻(オオドリー)」で19時から4時間半ほど飲んでいました。

ここは、今日のメンバーの一人が、ランチのカレーがうまい、ということで夜はどんな感じなのだろう、と選んだ店。階段で2階にあがると、いきなりレトロな感じが漂う

で、入ったときにかかっていた曲が、(以降、正式名称は確認していません

・ハイ・ファイ・セット「中央フリーウェイ」

ユーミン盤はたまに聴くが、ハイ・ファイ・セットは本当に久しぶり。しみじみと聴きいっていると、次にかかったのが、

・八神純子「水色の雨」

それから4時間半。「中央フリーウェイ」がもう一度かかるまで、延々と1970年代から1980年代にかけての、いわゆるニューミュージックが、流れ続けたのだ。以下、思い出す限り書くと、

・佐野元春「SOMEDAY」

・渡辺真知子「迷い道」

・渡辺真知子「ブルー」

・久保田早紀「異邦

・井上陽水「心もよう」

・中島みゆき「わかれうた」

・バンバン「『いちご白書』をもう一度」

・森田公一とトップギャラン「青春時代」

・サーカス「Mr.サマータイム」

・岸田智史「きみの朝」

・チューリップ「サボテン花」

・ゴダイゴ「ガンダーラ」

・庄野真代「マスカレード」

・今井美樹「野性の風」

・南佳孝「モンロー・ウォーク」

・上田正樹「悲しい色やね」

このほかにも、大滝詠一、アリス、甲斐バンド。。。選曲傾向を一言で言うと、「本人を代表するヒット曲である」「一部の人を除いて、その後も継続していったアーティストが少ない」。確かに、サザン、山下達郎、ユーミン、小田和正(オフコース)、チャゲ&飛鳥、さだまさしなどは、かからなかった。

しかし、陰影に富む色気を孕んだ渡辺真知子のヴォーカルスペイン・ポルトガルあたりの異国情緒感あふれる久保田早紀のサウンド、そしてゴダイゴの何という完成度の高さ。。。今聴いても色褪せるどころが、新たな光沢が感じられるのは、すごいことだ。

こうして、IT業界、出版業界の話をしつつ、高校から大学時代を強烈に思い出す曲のイントロが流れるたびに話しが中断する、という、なかなかめずらしい飲み会となりました^^;

| | コメント (4) | トラックバック (0)

さらに2公演のチケットを入手

新たに、2公演の予定が入った。

●5月21日 ウラディーミル・フェルツマン ピアノリサイタル

・ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」、第31番

・ムソルグスキー「展覧会の絵」

●8月12日 東京交響楽団「川崎の夏2007」

大友直人指揮 神尾真由子(ヴァイオリン)

・サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

・ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲 ほか

5月のほうは、業界関係の友人にお誘い頂いた

ピアノソロの演奏会は、なんと6年前のブーニン以来か。このときは、一度ブーニンを聴いてみようと思って行ったのだが、オールショパンプログラムをすべて怒涛のように弾き倒した不思議な演奏会だった

ほっとくとオーケストラばかり行ってるので、非常に楽しみ。しかも曲目がコアでなく、馴染み深いものばかりだ。悲愴も展覧会も、自分でも(下手くそながら)無理やり弾き通したことがあるし^^;

8月のほうは、イベントの一環だけあって、なんとS席\3,000という格安価格。しかも一割引きで購入。サン=サーンスの3番は、10代の頃から非常に好きな作品だが、なかなか生で聴く機会がないので、嬉しい限

またダフニスは、当ブログをお読み頂いている方にはしつこいと思いますが、マイベストのうちの1曲。ここのところ、下記のとおり年2、3回ペースで聴いているが

○05年3月12日 広上淳一指揮 日フィル みなとみらい (第2組曲)

・05年6月24日 岩城宏之指揮 東フィル サントリー (全曲)    

・05年7月17日 飯守泰次郎指揮 新響 芸術劇場 (全曲)

・06年4月28日 ユベール・スダーン指揮 東響 サントリー (第2組曲)

◎06年9月5日 アルミンク指揮 新日フィル サントリー (第1、第2組曲)

・07年5月8日 チョン・ミョンフン指揮 フランス国立放送フィル オペラシティ (第2組曲)

夏フェス的なノリもある今回の演奏会で、果たしてどんな展開になるのか、楽しみです^^

| | コメント (2) | トラックバック (0)

のだめ+ラ・フォル・ジュルネとクラシック音楽シーンの活性化

■クラシック音楽発見の<きっかけと最初のアクション>

「クラシック音楽シーン活性化のヒント」。そんなテーマで、何度か、音楽業界誌に特集記事を書いてきた

結論は、その方法論こそいくつかの提案をしたものの、いつもほぼ同様。それは、

ライトユーザー層の<きっかけ→最初のアクション>を、どのようにして<継続>につなげるのか」というものだった。

過去、その「きっかけ→最初のアクション」は幾度もあった。『アダージョ・カラヤン』のヒット。3大テノールのブーム。小澤征爾ニューイヤーコンサートの80万枚のセールス、ベスト100シリーズなどコンピレーション盤のヒット。。。

その現象について、以前の自分の記事を引用してみよう。

「ふだん”敷居が高い”と捉えられているクラシック音楽だが、いったんその敷居がはずれて人々の耳に到達した際には、グレー層を動かす圧倒的な市場ポテンシャルを秘める。そもそも歴史に残る天才音楽家がその生命を賭けて作り、その後時代の荒波を乗り越えて生き残っている音楽やメロディなのだから、万人の胸を打つのは当然のことだと言えよう」

■のだめとラ・フォル・ジュルネの絶大なる効果

ところで、GWが明けて1週間。仕事関係の人と話をするなかで、びっくりすることがあった

「○○さん(←私の名前)、ラ・フォル・ジュルネ行ってきました! いや~ラフマニノフ、よかったです! クラシックの生って初めてでしたけど、いいですね~」

そんなことを言う人が、なんと5人もいたのだ

ちなみに、ラ・フォル・ジュルネの入場者は、106万人。確かに、首都圏人口比から考えて、私の仕事の知り合いに5人ぐらいいても、まあおかしくはない数字だ

そして、そのうちの3人のきっかけになっていたのが、ドラマ「のだめカンタービレ」だった。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、ドラマの重要なモチーフになっている

これまでにない、大きな「きっかけ→最初のアクション」のムーブメントが拡がっている。今年でラ・フォルネ~は3回めになるが、過去2年が「ベートーヴェンと仲間たち」「モーツァルトと仲間たち」と一人の作曲家にフォーカスしていたのに対し、今年は「民族のハーモニー」と、ヴァラエティに富んでいたのも大きかったのだろう

■継続に向けての次なるアクションは?

そんな5人に、「それで、何か次のアクションを考えてますか?」と聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「近くのミューザで何かいいのがないか探してます。でもよくわからない」

「またこんな音楽祭がないんですかね~」

「あたりをつけて、いろいろ行ってみようかと」

「ラフマニノフのほかに、もう1つ気になっている曲があるので、どこかでやるなら行ってみたい」

「クラシックにくわしい女の子とトモダチになって、教えてもらおうかな」

「こんな感じが好きという曲のデータを入れると、似た感じのものをリコメンドしてくれるシステムがあるといい」

皆さん、これで終わりという訳ではなく、次へのアクションを考えているようだ。しかしそこにはやはり、あまりに奥深すぎるクラシック音楽の壁が立ちはだかるのは、容易に想像できる

再び自分の記事を引用してみる。

「・・・活性化のキーは、<提案>である。・・・ベストなメディアは、<自分の好みを知っている、音楽にくわしい人に推薦してほしい>という、究極の<人メディア>なのだ」

「もちろん、そういう人は必ずしも身近にいないのだから、各種メディアでも限りなくこれに近付ける試みが必要だし、ショップでは<コンシェルジュ>的な<人サービス>を設けてみるのはどうか」

まさに、さきほどのコメントの最後の2つからは、このあたりのニーズが汲み取れる皆さんが「自分にカスタマイズされた手段」を見つけて、多くの人に次のステップに進んでほしいものだ。クラシック音楽は、知られざる巨大な宝の山なのだから。。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

07年5月8日 チョン・ミョンフン指揮 フランス国立放送フィル演奏会

5月8日は、チョン・ミョンフン指揮 フランス国立放送フィルの演奏会に行ってきた。場所は、オペラシティ。

フォーレ:ペレアスとメリザンド

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲

ストラヴィンスキー: 「春の祭典」

■座席の移動で音の聴こえ方が激変!

またまた座席の話になるが、今回は、2階の最後列5列目の座席を購入し。オペラシティの2階は初めてだ。3階の屋根がややかぶるが、視覚的にも音質的にも、それほど気にならない程度だと思っていた。

ところが休憩終了直前、2階最前列の招待席に座っていた知人から、隣りがあいたから来れば? という合図。それで席を4列移動して、後半は、2階最前列で聴くことになった

ストラヴィンスキーの前のチューニングが始まる。「え!?」と、その音に衝撃が走る。非常にクリアな解放的な音。。これに比べると、前半のフォーレとラヴェルは、まるで洞窟の中で聴いていたような音だったのだ

しかし、ここまで座席によって音の聴こえ方が違うとなると、いったい何を基準にして感想を持てばいいのか、わからなくなる。自分の中では、明らかにラヴェルよりもストラヴィンスキーのほうが、いい出来だと感じた。いっぽう、P席で聴いていた友人の評価は逆だったのだ

■演奏

今日のダフニスと春祭、ともに独特の演奏だった。情緒よりも機能を徹底追及したというか個人技の集大成によって全体をつくる、というか。

よく、マーラー:人間の情感のうねり、に対し、ブルックナー:音そのものの響きという対比がされる。今日の演奏は、(マーラーっぽい、ブルックナーっぽい、ということではなく)まさしくその後者であり、音そのものを追及したものだったのだろう

自分としては、春祭には音そのもの、ダフニスには音そのものに加えて情感のうねりも求めるので、春祭のほうが満足度が高かった。とくに第一部は、音の響きを機能的に極限まで追求した、快演だったと思う

ところで、アンコールの「カルメン前奏曲」はすごかった。海外オケが、アンコールに自国の作曲家の得意なレパートリーを演奏するときはいつも、独特の華やかさとテンションが生じる

緻密さよりも、楽しさや解放感によるノリ重視での展開は、聴く側のハートにハッピーに突き刺さる。今日の「カルメン前奏曲」も、フランス気質とはなんぞや~ということを肌で感じることができました

全体として、満足感は、まあまあ。S席\22,000、A席\18,000の価格設定は、少し割高だろう

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ソガ隊員の訃報

ソガ隊員(阿知波信介さん)がお亡くなりになりました。

ウルトラセブンにおけるソガ隊員は、いつも「勇気」を感じさせる存在でした。

僕がもっとも好きなソガ隊員のシーンは、京南大学の研究室で、プロテ星人の化けたニワ教授と対峙する「ね、ソガクン?」です。

端整な顔立ちが理知的な雰囲気を醸し出し、強気な物言いに使命感と「勇気」を感じました。

自殺とは残念ですが、60代後半で病気に悩むという状況は、その年齢にならないとわからない絶望が横たわっているのでしょう。

ご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ウルトラセブン第42話「ノンマルトの使者」(ノンマルト ガイロス)

★このブログが本になりました!★
2013年4月25日発売!

Photo_3 『ウルトラセブンが「音楽」を教えてくれた』
(青山通・著、アルテスパブリッシング・刊)

冬木透氏にも取材、最終回の音楽秘話も掲載!
⇒著者による最終回+ベスト8話の内容と音楽を詳述!

Amazonでも発売中

◎特別製作 セブンしおり付き

出版社HP(http://www.artespublishing.com/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●セブンの基本モチーフを最前面に出した問題作

多くの人が「最も好きな作品」に挙げる、「ノンマルトの使者」。ウルトラセブンを代表する名作であることは、異論の余地がないだろう。

■ストーリー

Photo_38人類は、宇宙開発とともに、海底の開発も進めている。やがて、理想的な海底都市や海底牧場をつくり、そこも人類が利用するためだ。

しかし、真市という少年が現われ、「地球の先住民族は、ノンマルトだった。人類は侵略者であり、ノンマルトを海底に追いやった。海底開発をやめないと、大変なことになる」と言う。

ダンには、気になることがあった。M78星雲では、地球人のことを「ノンマルト」と呼んでいる。ノンマルトとは人間のことだと思っていたが、いったいどういうことなのだろう。やはり人間でないノンマルトがいるのだろうか、と。

キリヤマは「ノンマルト=地球の先住民族」かと一瞬逡巡するものの、「バカな」と否定し、海底都市をミサイルで爆破。「ノンマルトの海底都市は完全に粉砕した。我々の勝利だ! 海底も我々人間のものだ!」と、声高に宣言。(表情を見ると、業務命令上仕方ないと、自分に言い聞かせている風情に見える)。

割り切れないダンとアンヌ。海岸の岩場で墓参りをしている女性に話しかける。するとなんと石碑には、「真市」の名前が。衝撃を受ける2人。あの子どもは既に2年前に死んでいて、ノンマルトの使者として、姿を現わしていたのか。。

■本作について

本作は、金城哲夫氏の脚本。氏は沖縄出身であり、琉球の人(ウチナー)と内地の人(ヤマトンチュー)との確執がモチーフになっている、と言われる。

セブンに描かれる地球人は、かなり好戦的だ。ただ地底都市で暮らしていたユートムを、いきなり壊滅させる。ザンパ星人も明確な侵略な意図があったのか不明確なのだが、キリヤマは「全滅させた」という事実を誇らしげに語る。怪しいモノを見つけると、いきなり攻撃するシーンも多々あった。

そんな環境のなか、宇宙全体の視野から平和を望み、「宇宙人同士の共生」を望むダンは悩む。マゼラン星人マヤの回が、象徴的だ。「超兵器R1号」では、地球人との考え方の相違がクリアになり、憤るように例の名文句を吐く。

本作は、そんなセブンの基本モチーフを、最も前面に出して描かれたものだ。今回はキリヤマですら、ためらう。しかし最終的には、自分の任務を果たす。ダンも真市に止められるが、「僕は戦わなければならないんだ」とセブンに変身、その使命感によってガイロスを倒す。

幻想的な雰囲気を纏いながらも、セブンの本質的なテーマを深く掘り下げる。そして、すべての視聴者に問い掛ける。人間は人間同士ですら、共生できているのか、と。

■こんなシーンも。。

ダンとアンヌの休日デートシーンは、これまでにも何度かあったが、今回はなんとビーチでの2ショット! 最終回に向け、ますます2人は盛り上がっている。しかも、キリヤマ公認だ

アンヌは冒頭のシーンで、首だけ出して身体は砂浜に埋もれている。そこから出てくると、初の水着ショット!

真市が吹いている楽器は、オカリナ。本作を見て、すごく欲しくなった。その後、小学生向け学年誌か何かの付録で入手、ノンマルトのテーマを覚えて練習した。その後楽器店で、本物のオカリナも買いました。

シーホース海底基地には、なんとイデ隊員が勤務していますね。すぐに真市くんの予言通り、シーホース号は爆発。海底のイデもここで殉職したと思われるが、あんまりな最期かも。。(その後、2人奇跡的に助かったと言っているのは、フォロー?)

真市くんを小学校に探しに行く、ダンとアンヌ。そりゃあ、小学生は大喜びで大騒ぎになるだろう。しかし、ポインターの屋根に上るは、左のドアを開けて車内に入り込むは、やりたい放題だ。ドアロックぐらいしておかないと。

しかしアンヌ、冒頭の砂浜で、真市くんに上から見下ろすような、やや高圧的な物言いをする。ちょっと意外な感じ^^;

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

→他の作品は、当ブログのウルトラセブンカテゴリーでどうぞ!

| | コメント (12) | トラックバック (0)

07年5月3日 東京交響楽団 東京芸術劇場シリーズ

3日は、下記の演奏会に行ってきた。

5月3日 大友直人指揮 清水和音ピアノ 東京交響楽団 R.シュトラウス:「英雄の生涯」 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 アスキン:「氷塊は陽の光を浴びて・・・」

今日は、友人のalcoa01さんが、初めてクラシックの演奏会に行くのに同行したかたちだ。alcoa01さんは、映画とポピュラー音楽の造詣が深い方だが、ドラマののだめを見て、幼少の頃に家にレコードがあって聴いていたラフマニノフの2番を生で聴いてみたい、ということで、この演奏会を選んでみた。

個人的には、それほどの期待をしていなかったが、ラフマニノフの2番、これがなかなかいい演奏だった冒頭の和音から、がっしりと骨太の音が響くどこまでクレッシェンドするのか、というぐらいに音圧を高めてから、オーケストラの第1主題につなぐ。

この骨太な音の印象は、オーケストラも引き継ぎ、その後も基本的に、がっしりとしたドイツ・オーストリア系の音づくりで展開する

と言いつつ、清水和音のピアノは豊かなダイナミクスを持ち、時として繊細な弱音にも魅了される。ここ数年で何回か聴いたラフマニノフと比べても、ベストと言える演奏だろう。

また今回、芸術劇場では初めて、1階のバルコニー席を購入した。これが大当たり。ステージとの距離感は適度な近さで、また1階とはいえ高さは中二階だから、弦、木管、金管、打楽器が混ざり過ぎず分かれ過ぎず聴こえてくる。

これで、最高価格帯でないのだから、非常にお得な席だと思いました^^

| | コメント (2) | トラックバック (0)

5月のコンサート

早いもので、もう5月。今月は、4本のコンサートの予定がある。

5月3日 大友直人指揮 清水和音ピアノ 東京交響楽団 ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ほか

5月8日 チョン・ミョンフン指揮 フランス国立放送フィル 「春の祭典」「ダフニスとクロエ第2組曲」ほか

5月20日 ドホナーニ指揮 北ドイツ放送響 諏訪内晶子ヴァイオリン チャイコフスキー:「悲愴」ほか

5月25日 大塚愛 『愛 am BEST Tour 2007』 ~ベストなコメントにめっちゃ愛を込めんと!!!~

4月から8月までは、改修工事のためサントリーホールでの定期演奏会がなく、またオーチャードの東フィル定期も5月はないので、今月は、すべて単独でチケットを購入したものです。楽しみな演奏会が続きます^^

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »