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BMを手放す。。(3)

こないだの土日は、BMを手放して最初の週末だった。

日曜は、ふと床にはみ出しているCDを整理したくなって成城の「日曜大工センター」に本棚を買いに行くことにした。

「日曜大工センター」とは、なんか「のんきなお父さん」なイメージのネーミングだが、実際は東急ハンズを豪快にハードコアにしたようなところである。フロアの面積は、デパート並みに広い。そのへんの空き地にどっと品物を広げちゃいました、みたいな荒削りな雰囲気なのだ。

で、さっそく車がないのを思い出し、試しに、初めて歩きで行ってみた。

すると、今までは、車出してちょっと大回りして駐車場止めて、となんだかんだ15分はかかっていたのが、なんと歩くと7、8分! 半分の時間で着くことに気付いた。

けっこうこのあたりは竹やぶとか川とか、自然が残っている。車では気付かなかった、ちょっとした発見がありました・・・って、よくある新聞の投書かい^^

(でも、本棚を買ってそのまま持って帰ったら、さすがに重くてきつかったですが。。)

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「気まぐれコンセプト クロニクル」売切れ。。

先週末、某サイトで書籍の売上ランキングを見ていたら、「気まぐれコンセプト クロニクル」なる本が上位に!

さっそく今日、書店に行ったが、どの店も売り切れ状態。。早く読みたくてうずうずしているのだが、仕方ないので、いまアマゾンで注文した。

アマゾンを見たら、発売は1月20日。売れ行きの初速が、予想外だったのだろうか。ちなみに、推薦文。

連載25年、4コマ漫画による日本現代史!
80年代『見栄講座』、90年代『東京いい店やれる店』と10年サイクルでベストセラーを生み出すホイチョイ・プロダクションズが、1981年からビッグコミックスピリッツで連載し続けるギョーカイ4コマ漫画「気まぐれコンセプト」をセレクトし、年代別に総力編集。フキダシ内の「ジュリアナ」「ザウス」などのトレンド語句には脚注を入れ、バブル前夜からバブル再来?といわれる今日までの四半世紀をふり返る、究極の輪廻転生日本現代史エンサイクロペディア。 2月公開のホイチョイ映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」と連動し、来たるべき“バック・トゥ・ザ・バブル”ブームの指南書として、満を持しての発売!

なんと976ページ!! うぅ。。早く読みたいっす。

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冬はシベリウス? 

ブログ開設以来初めて、テンプレートを変えてみました! ちょっと女性っぽいけど、まあクラシックネタが多いからいいかと。。。

そのクラシックですが、このあと3月までに行く3回の定期公演では、モーツァルト、マーラーなど、「予習」不要の曲が続きます。(「予習」とは、それほど馴染みのない曲について、CDを聴いてさらっておくことを、そう言ってます)。

なので、今日は、久々に自由選曲(?)でCDを聴きました。

○シベリウス「4つの伝説曲」op.22 「夜の騎行と日の出」op.55 サラステ指揮、トロント響(elatus)

この寒いときにシベリウスを聴くと、益々凍えるような気分になる。逆に言うと、だからこそ、よりシベリウスに近付けるのかも知れない。北海道の離島出身の知人に初めてシベリウスを聴かせたところ、「なんだか気持ちが分かる」という感想だったこともある。

この5曲を通して聴くと、さすがに冷たい感触が前面に出てくる。が、そのなかにシベリウスの熱さを感じることもできる。    「夜の騎行と日の出」の後半は、あまりに美しい。相当にマイナーな曲にこんな素晴らしいものがあるから、あなどれない。

○「ドイツ・リーダー」 カール・ライスター(クラリネット)

クラリネット、ソプラノ、ピアノによる、前期ロマン派の小曲を集めた逸品。この組み合わせは、シューベルトの超名曲「岩の上の羊飼い」が有名だが、ここに収められたシュポア、メンデルスゾーン、ウェーバー他の曲も、これに相通じるものがあって、なかなかにいい。

クラリネットとソプラノは、ともにふくよかに明るい音色で、これにピアノがあいまって、春の訪れが待ち遠しくなるような響きの曲たちだ。

○ショパン「エチュード」 ニキタ・マガロフ(ピアノ)

ちょっとのだめのop.10-4を思い出して、ショパンのエチュード集を聴きました^^ よく言われる通り、どの曲もエチュードといいつつ、否応なく人の心を揺さぶるのは、さすが。。

○チャイコフスキー「ロメオとジュリエット」「フランチェスカ・ダ・リミニ」 シャイー指揮、クリーヴランド管

○「祈りの歌」 ルネ・フレミング(ソプラノ) 

ほか、あとはいろいろ。。。昨日はポピュラーのヒットチューンもかなり聴いてましたが、それはまたの機会に。。

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ウルトラセブン第26話「超兵器R1号」(ギエロン星獣)

●血を吐きながら続ける哀しいマラソン

「それは血を吐きながら続ける哀しいマラソンですよ」。セブン全編を通して有名な台詞の一つは、この回に登場する。

セガワ博士、マエノ博士をメインスタッフとして、惑星攻撃用の新兵器R1号が開発された。新型水爆の8,000個の爆発力を持つという。

実際の侵略者に対してはこれを使用すればいいし、保有していることを知らしめるだけでも、全宇宙に対する侵略の抑止力となる。そのためには、実験してアピールする必要がある。まさに、世界の大国を皮肉ったストーリーだ。

マエノ博士は、核実験の場所を、シャール星座の第七惑星ギエロン星に選ぶ。しかしマエノ博士、美人だ。田村奈巳という、東宝のアンヌの先輩だそうだ。ウルトラシリーズには、宇宙人と同じぐらい?東宝のきれいどころが次々と繰り出される。

実験は成功。ところがギエロン星には生物がいた。鳥のような風貌のギエロン星獣は、復讐のために地球に降り立つ。ティンパニを主体とした音楽(M-14,15あたり)は、なかなかに緊迫感があって、好きな曲だ。

Photo_19 ギエロン星獣は、R1号の放射能の灰を撒き散らす。セブンが登場し、黄色や赤の花が咲き乱れる地が戦場となる。セブンは右腕をやられるが、容赦なくギエロン星獣の腕をもぎ取り、投げつける。そしてアイスラッガーを直接手に持ち、首をかき切る

美しい自然のなかで、あえて核実験の犠牲となったギエロン星獣を残酷に殺すことで、戦いの悲惨さを浮き立たせているのだろう。

メッセージがストレートなので、わかりやすい話だ。でも、わかりやす過ぎるから、これがセブンでなくても、他のシリーズでも成立するような話かとも思う。

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

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BMを手放す。。(2)

先週の土曜に、愛車のBMを廃車にした。粛々と諸手続きをしているのだが、任意保険について初めて知ることがあった

契約の主体になって約20年。こつこつと積み上げて現在20等級まで来たが、解約後10年間は等級が保存されるけれども、11年目には無効になるそうなのだ。少しショック。まあ、この10年の間にまた車を買うこともあるかもなのだが。。

2007bmw_014

しかし、長く乗った車を手放すさびしさ、というのは独特なものだ。それは、引越しとも似ている。ともに、数年から10年にわたって過ごしてきた、「自分の一時代」と「その期間のライフスタイル」との「訣別」に、起因するからなのだろう。

でも引越しは、必ず新たな家と街が待っていて、新鮮なリセットとともに新たな風を感じるものだ。しかし今回の廃車は、たんに手放しただけ。そこがよりさびしさに繋がるのかも知れない。

いっぽうで、少しほっとしたところもある。自分は、異常に「車運」が悪かった

こちらが停車しているのに、他の車が一方的にぶつかってきたこと数度。タチの悪い人種が車から降りてきて、言い掛かりをつけられたこと数知れず。

若い頃には、異常な頻度で違反で捕まった。流れに沿って運転しているのに、自分だけスピード違反でネズミ捕りに合ったことも一度ではない。車で取材にまわっていた雑誌編集者時代の駐車違反は、数え切れず。

もちろんいい歳してからは違反はしていない。が、逆にこんな調子だと、どんなに気をつけていても、大きな事故に巻き込まれたり、飛び出してきた子どもを撥ねたりすることだってあるかも知れない。そう思うと、なんだか安堵の気持ちも大きくなってきています。。

BMを手放す。。(3)に続きます。

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1月23日 東フィル サントリー定期公演

19日の新日フィル定期に続いて、昨日23日、本年2回目の演奏会に行ってきました。

チョン・ミョンフン指揮、メシアン『トゥランガリーラ交響曲』  ピアノ:横山幸雄 オンド・マルトノ:原田節

全10楽章80分を要する、間違いなく20世紀を代表するトゥランガリーラ。この大曲が、チョン・ミョンフンの指揮で演奏されるとあり、開演前のサントリーホールは、明らかにいつもより上気した雰囲気となっていた。

ロビーで期待を語る客もテンションが高く、また場内も定期会員席以外の席もかなり埋まっている。(逆に気合入りすぎで、迷惑なヒトも多かったが。。)

この曲、生で聴くのは初めて。これほどの大編成、かつバラエティ豊かな楽器群を擁する曲だと、やはりCDとの差はあまりに大きい。音の色彩感と、ダイナミクスに、ただただ圧倒される

80分という長さは、どんな名曲でも多少冗漫になって飽きることも否めないが、今日は終始、この独特で不思議な音世界にたゆたうことができた。

それはこの曲のユニークさと、チョン・ミョンフンのエネルギーと、ミョンフンのときは最高のパフォーマンスを発揮する東フィルの「気」によるものなのだろう。

同じ20世紀を代表的する曲、例えば「春の祭典」は原始の生命の息吹、例えば「森の歌」は異教徒達の典礼を味わう気分になる。

そしてこのトゥランガリーラ、全く個人的に言うと、「巨大な人間の内部、神経系を探索している」ような印象を受けた。CDでは「現代人の混沌とした気分」を感じていたのだが、生ではもっと大きな世界を感じた。

ただし、パンフレットにあった「トリスタン的な愛」関係は、一切感じなかったなぁ

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ウルトラセブン第25話「零下140度の対決」(ポール星人)

●あまりに印象的なポール星人登場シーンと、アンヌの母性がいい

基地周辺が原因不明の異常寒波。零下112度だそうだ。これでは、人間もたまらない。さらに、「光の国から来たウルトラセブンは普通の人間以上に寒さに弱かった」という趣旨のナレーションが入る。

セブン全作品のなかでも、最大級の危機だ。存亡の危機に見舞われる地球防衛軍。ヤマオカ長官は、使命と人命との板ばさみになるが、最終的に人命を尊重する決断を下すまでに至る

ダンはエンストしたポインターを乗り捨て、吹雪の中を歩き出す。「あったかい珈琲があるわよ。早く帰ってらっしゃいよ」というアンヌ。まるで、同棲中のカップルみたいである。

しかし寒さに苦しむダン。いっぽう基地の地下で、凍死しそうな隊員に向かってアンヌが叫ぶ。「眠ったらおしまいよ。身体を動かすの! 起きて! 起きなさい!! 」この声がこだまして、ダンにも届いてくる。アンヌの母性を感じさせ、なかなかいい

そして女声ハーモニーとともに、オレンジ色の炎をバックに現われるポール星人。頭と手と足だけで胴体がなく、操り人形のように空中で揺れている。ダンがオレンジ色のネガになってゆがむ。ポール星人の独特な甲高い声と、ハッハッハッハという笑い声

その後ポール星人は、2度このパターンで登場する。当時の小学生は、みんなポール星人の台詞を暗唱して、この声を真似て遊んでいた。セブンを代表する、非常に印象的なシーンだ。

Photo_7太陽に向かって飛び、エネルギーを補充して戻ってくるセブン。また例の女声。これは、ポール星人ではなく、炎と太陽の象徴だということがわかる。

ホーク4機でガンダーを攻撃する防衛軍は、なかなか見ものだ。アンヌもしっかり編隊飛行の一翼を担わせてもらっています^^

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

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東フィル定期継続とサントリーホールの座席・音響考

今日は、東フィルサントリー定期、継続かつ座席変更者のための電話手続き日だった。

年間20~30公演に行くつもりだと、そうそうS席ばかり買っていられない。コストパフォーマンスのいいA、B席を狙うことになる。しかし、ホールのどの席がいいのか、というのは難しい問題で、未だ結論が出ていない。だから逆に、友人とあれこれ情報交換しながら座席を選んでいくのは、なかなかに楽しい作業だ。

この2年間は、2階LDブロックのB席だった。オケのバランスはいい。視覚的も音的にも、全体を俯瞰できる。しかし、音量の小さいフレーズや、例えばヴァイオリン協奏曲のソロなどは、さすがに距離感が気になる。また、自分とステージの間で雑音を発する客がいると、その影響をそのまま被ってしまう。

この3月までの新日フィル定期は、2階CブロックのA席である。こちらは、LDのメリットデメリットは同様で、より条件がよくなった、という感じの席だ。

1階については、単発で買うときに21列のセンターA席をよく狙う。1階の前方のように音が自分の上を通り過ぎてしまうような感覚もそれほどなく、音のバランスもまずまず。が、最近なんとなく無難過ぎてつまらない気がしてきている。管楽器が弦に埋もれてしまう感も否めない

それで思ったのが、今回は、昨年のドレスデン国立歌劇場(芸術劇場バルコニー席)や、友人のチケットで行ったLA席の、音の生々しさを味わえる席を試してみたい、ということだ。それは、比較的ステージに近い2階席だ。

楽器や演奏者の生な感じは、ある程度の距離を置くときれいにまとめて消えてしまっている。それは、これまでずっとバランス重視で遠めから聴いていた自分の大きな発見だった。

その生な感じが上に抜けていかずに、ダイナミックに直接受け止められる席。そんな意図で、次年度の東フィルサントリーは、RBブロックのA席を選んだ。

以上のような考え方でいった場合、サントリーの最良の席はRC、LCの前方となる。未だ未体験のこのあたり、ちかぢか単発で試してみたい。

(→1年半後にようやく初体験・・・「サントリーLC席を「火の鳥」で初体験~2008年6月15日 日フィルサントリー 名曲コンサート」

今回は、併せてオーチャードの日曜定期にも申し込んだ。とりあえずこれで16公演。指揮にはチョン・ミョンフン、ダニエル・ハーディング、佐渡裕ほか、充実の出演者。

曲も、合併で人数が多いというお家事情があるかどうかはわからないが、引き続きの大曲指向。次年度も、オケの醍醐味が味わえそうだ。

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1月19日 新日フィル サントリー定期公演

19日金曜、今年初のオーケストラ公演に行ってきました。データは下記の通り。

アルミンク指揮&新日フィル、ソプラノ:森麻季、トランペット:デイヴィッド・ヘルツォーク、ピアノ:松本和将

バッハ:教会カンタータ第51番「もろびと、歓呼して神を迎えよ」/バルトーク:ピアノ協奏曲第3番/シューマン交響曲第3番「ライン」

相変わらず、アルミンクはいい。弦を中心に艶っぽい音色をつくり、何気ないフレーズも大事に浮かび上がらせたりするから、こちらのテンションも常に一定以上に保たせてくれる。凡庸で退屈になる箇所が、まったくない

シューマンの「ライン」を聴いて改めて当たり前のことを思ったのが、CDで聴く限界である。自分は「ライン」についてそれほど細部まで熟知してはいなく、CDで何回聴いても、なんとなく平板で強く印象に残る部分はなかった

しかし、これが生で聴くと、こんなにも様々な部分に凝ったオーケストレーションが施されているのかと、驚くばかり。アルミンクと新日の色彩感が際立っていることもあり、シューマンが新たに暮らし始めたライン河畔の雰囲気が、眼前に見えるかのごとく拡がってくる。

あと最近思うのが、協奏曲のあとのメインプログラムが始まるときの、オーケストラの「のびのびとした感じ」だ。昨年12月のN響、マイヤーのクラリネット協奏曲のあとのジュピターのときにも思ったが、今日もそれを感じた。

ある意味協奏曲では黒子の部分もあるオケが、解放されたかのように、トップモードで演奏を繰り出す。だから最近は、オケの定期公演で協奏曲があると、「オケを聴く」という観点からすると今一つな気分になりつつもある。まあ、そこだけソロを聴きに来たと思えばいいのだが。

バルトークは、現代曲的な難解さと、ハンガリー民謡に根ざした素朴さの両方が特徴だ。以前、バルトークの書籍を編集したことがあって、その生涯はかなりくわしいのだが、没年につくられたこの3番の2楽章を聴くと、異国での彼岸の境地を思い、気が遠くなりそうになる。

森麻季さんのバッハは、出だしこそ声が小さくしか聴こえずバランスも今一つだった。が、抑制された中に秘めるパッションがしだいに伝わってきて、第5曲の「アリア(アレルヤ)」で一気にブレイク。なかなかチャーミングな演奏だったかなと思いました。

森さん、相変わらず見目麗しいですが、一昨年マーラーの4番を東フィルで聴いたときはもっと顔が丸く、あっちの顔のほうが好みでした^^;

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重松清著『送り火』より「シド・ヴィシャスから遠く離れて」

先般文庫化された、重松清著『送り火』に収録されている、「シド・ヴィシャスから遠く離れて」が、よかった。

シド・ヴィシャスとは、いまさら言うまでもないが、パンクの代名詞でもあるセックス・ピストルズのベーシスト。極度の麻薬中毒者であり、パンクを地で行く生き方をした結果、1979年に21歳で死亡したのだ

この話の主人公、ケニー佐藤こと佐藤敬一は、かつてカリスマ的なパンク評論家だった。しかし今では、妻と娘を持ち、生活で手一杯の42歳の普通の社会人

そんな敬一が、娘の保育園のお迎えで、乱丸と15年ぶりに再会する。乱丸は、当時ケニー佐藤がいちばんのお気に入りだったパンクバンド、ゼロサンのボーカリストだった。しかし今は、敬一と同じく3人の子どもを持ち、普通に働いている。

乱丸は敬一に堀田を紹介する。堀田は35歳でありながら、ケニー佐藤の文章に衝撃を受け、今でもパンクな生き方を続けている。当然ながら、それで社会で生きていくのは、しだいに難しくなってきている。堀田は、敬一に責任を問う。。。

本作は、小編ながら、普遍的なテーマを上手く捌いていると思う。人は誰しも、若い頃に理想を持つ。しかし、その理想を貫ける人は、ほんの一握りの、奇跡的に才能と運に恵まれ続ける人だけだ。ほとんどの人は、社会の現実にさらされ始め、しだいにそこと折り合いをつける必要が出てくる。

しかし、皆が不幸になっていく訳ではない。人は新たな現実の中で、それぞれの喜びを見つけていくのだ。そうでなかったら、生きている意味がなくなってしまう。

本編は、そんな希望を感じさせてくれる佳作であると思った。

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BMを手放す。。(1)

自分の車を手にして20年、憧れだったBMWに乗って10年、昨日ついに車を手放した。

理由はいたってシンプル。ここ数年、年間の走行距離が1,000kmを切っていて、でも月次のコストはすべてならすと、約70,000円。いくらなんでも割に合わない状態が続いていたからだ。

乗らなくなった最大の理由は、数年前にかなりの駅前に引っ越したこと。しかも駐車場はスーパーの外来客と共同で、車を出すより電車に乗ったほうが早い状態なのだ。

また、活動の中心だった最初の会社のテニス部が廃部となり、テニスで遠出する機会が大幅に減ったこともある。娘が大きくなったことも要因の1つだ。

さらに、ここのところ、20代の頃に比べて明らかに、車を運転することが目的ではなく手段になっていたように思う。

以前は、ただただ高速でスピードを出したり峠のコーナーを攻めたりしているだけで、楽しかった。早起きして遠くまで運転すると思うと、かなりわくわくしていた。

でも、ここのところは、渋滞を考えるだけでもうんざりしてしまう。歳をとると事故の率もあがってくるし、温暖化の防止にも貢献したいし。。

車は、自分が手放されるのを感じるかのように故障する、とよく言われる。まさに昨年末は、静岡までの、久々の長距離走行の前に故障してしまったのだ。

長く乗った車を手放すのは、かなりさびしいものだ。家族が一人いなくなるような気分です。。。

BMを手放す。。(2)に続きます。

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ウルトラセブン第24話「北へ還れ!」(カナン星人)

●フルハシ母が泣かせる人情もの

母が病気と聞き、北海道に帰郷するフルハシ。でもそれは、牧場を継がせたい母親の嘘だった。

「セブン セブン セブン」(ひし美ゆり子著)によると、ロケ地は清里だとか。そう言えば、冒頭の高山をバックに走る2両連結の列車のシーンは、国鉄小海線を走っていた蒸気機関車C56の、有名な撮影ポイントのような気がする。

また、駅も言われてみれば清里駅のような気がしてくる。自分はこの放映の翌年から4年間、小学校の林間学校で清里に行っていたので、なんとなく雰囲気に記憶がある(確かではありません)。

フルハシ母は上京するが、フルハシは北極上空での事故の調査に行き、ホーク3号が操縦不能になってしまう。このままだと、民間航空機と20分後に衝突。自爆装置をセットして脱出しようと試みるが、脱出装置も故障。このままでは死んでしまう。

緊急でフルハシ母を呼ぶキリヤマ。宿舎で相撲を見ているフルハシ母。「寄り倒し、柏戸の勝ち」、とのアナウンス。上著によると、大鵬対柏戸戦とのことだが、大鵬、というアナウンスはないし、画像では判別できない。

放映は昭和43年3月17日、大阪場所中で大鵬は全休。撮影はそれ以前のはずだが、1月東京場所、前42年11月九州場所ともに、大鵬が途中休場しているとの資料があり、柏鵬戦はなかったはず。本当にこれは柏鵬戦なのだろうか。(このへんももう少しファクトを集めます。。)

息子の危機を知らず、本部でフルハシと話す母。

「私の声も北極まで飛んでってるんだねえ」(母)

「北極まできて寒い寒いと震えてらあ」(フルハシ)

このネタで執拗なまでに笑う2人。笑いながら涙が滲むフルハシ。泣かせるシーンだ。

北極の地につくダン。実はカナン星人のロケットの灯台を見つけ、なぜかまずウインダムを繰り出すダン。時間がないのだから、セブンになって行けばいいのに。やはり、寒いと慎重になるのだろうか。次回のポール星人の伏線か。

ウインダムは電子頭脳に攻撃を受け、逆にダンに迫ってくる。ダンはセブンに変身し、情けない部下をフザケルナと恫喝するかように、高圧的に腕組みする。そしてゆっくりとウインダムをお仕置き。フルハシに危機が迫っているのに、のんきだぞ

叙情派(と自分で呼んでます)市川森一脚本のセブン2作目。このあと、自分の好きな市川作品が続きます。

★追記★

その後、ひし美ゆり子さんのBBSを見たところ、私が清里駅かと思った駅は、その隣りの標高第1位、野辺山駅だそうです。

また、柏戸の対戦相手は、やはり大鵬ではなかったそうです。あんなに一方的に大鵬が柏戸に負けた一番って、昭和38年9月場所、14戦全勝の楽日決戦ぐらいと思いますし。相手は気になるものの、不明なままですね。。

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Cocco「風化風葬」と「突然やってくる」音楽の感動

先日、カフェにいたら、Coccoの「風化風葬」がかかった。この曲は、Coccoのなかでも、たぶんいちばん好きな曲。

「どんな強い気持ちを持っていても、時間とともに誰もがすべてを忘れ去ってしまう」・・・そんな人と世と時の無常を切々と歌ったこの曲を聴くと、陶然というより茫然自失というか、魂を持っていかれたかのような気分になる。

ところでこの曲に限らないが、自らの意志でCDで聴いてももちろんいい曲なのだが、たぶん意図せず突然聴いたほうが、感動が大きい。音楽を聴く際の「受動の感動」の不思議だ。

自分でCDを聴く場合は、当然このあと何がどうなるのか前もってわかっている。いっぽう、ラジオや有線放送でかかる曲は、こちらは全く意図していない。

心の準備がないから、イントロが流れた瞬間から、自分の五感が急激に刺激される。その曲が流行っていた頃の様々な出来事、よく聴いていたときの気持ち、そんなものが、一気に自分の中からあふれ出してくる。

もちろんライヴでも、その曲は突然始まって感動をもたらす。でも、その曲が演じられるのは必然で、意表をつかれた感動では及ばない。

また、CDやi-podのランダムプレイでも、突然かかる疑似体験は可能だ。しかし、自分の意図が入り込む限り、限界がある。

「突然やってくる感動」。もっと言うと、そのときの自分の受け入れ状態で、さらに効果は高まる。五感が鋭敏になっていて気持ちがからっぽだったり何かに揺さぶられていたり、なんてときはベストだろう。

このように考えると、ドラマや映画の絶妙なシーンで好きな曲がかかると印象が強くなるのも、納得できてしまいます。

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寒中テニス

今日は、午後から月一のレコード会社主催のテニスへ。

ここのところ雨天中止が続いていて、スポーツ自体が久々だったのに加えて、冷たい風にさらされ。。。身体は温まらず動きもキレも悪く、相当レベルの低いプレイしかできずに終わってしまった。

やっぱりスポーツは定期的にやってないとダメダメなのを、改めて痛感しました。。。

引き続きBMが修理中なので久々に電車で行ったら、登戸駅が新しくなっててびっくり。強烈な場末感ただよう駅前だったのが、ぴっかぴかになっていて、なんだか違う場所のようでした。

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年明けの定期公演

さて、今年も素晴らしい演奏との出会いを求めて、オーケストラに通いたいと思います。

まず1月~3月は、東フィルと新日フィルのサントリー定期公演が大詰めだ。

1月:新日フィル アルミンク指揮 森麻季ソプラノ シューマン交響曲第3番「ライン」ほか

1月:東フィル チョン・ミョンフン指揮 メシアン「トゥランガリラ交響曲」

2月:新日フィル ブリュッヘン指揮 モーツァルト交響曲第39、40番ほか

3月:東フィル ハーディング指揮 マーラー交響曲第5番ほか

3月:新日フィル アルミンク指揮 モーツァルト「レクイエム」ほか

東フィルは大曲を繰り出し、新日フィルは去年のモーツァルト&シューマンイヤーのシーズンの流れで展開。

昨年のマイベスト(↓)の上位に来たアルミンクや、他の大物指揮者も楽しみ。

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/2006_5_9ec2.html

それに、個人的にけっこう好きな森麻季さんにも期待しています^^

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「あけおめ」の行方

昨年の正月、仕事の後輩に携帯メールで「あけおめ」と書いたあと、なんとなく気になり括弧して(あけおめってもう死語?) と質問した。

彼は、夜な夜なクラブイベントを主宰している男。彼も正確なところはわからないので、「クラバーの若いコに聞いてみますね」との返信、のちに回答がきた。

「paienne(私)さん、もう、あけおめは死語だそうです」

やはりそうか。気付いてよかった^^ 以後、一切の使用を封印した(笑)。

「あけおめ」を知ったのは、5~6年前。有名大卒、一流企業勤務ながら、オフ人脈を拡げて起業を目指す美貌の25歳女子、T嬢からのメールに、そう記されていた。5秒ぐらい、意味がわからなかった。

流行りの新語の行く末は、

「全く使われなくなる(完全に死語)」

「死語だと気付かない層の人々にのみ使われ続ける」

「なんとなくゆる~く一般に定着してしまう」

のいずれかだが、果たして「あけおめ」の行く末は?

追記:それにしてもT嬢は、ちょっとタカビーでマブいトレンディなギャルでした^^;

追記2:「死語」という言葉が死語だという説もあります。

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ウルトラセブン第23話「明日を捜せ」(シャドー星人・ガブラ)

●子ども心には怖ろしくて神秘的な作品

泣いている女性に声をかけるヤスイ老人。振り向いた女性は、人間の顔ではなかった。ヤスイ老人、あわてて店員に助けを求めるが、同じ顔。そしてほうほうのていで乗ったタクシーの運転手にどうしたのか聞かれ、「宇宙人に追われているんですよ」と言うと「そりゃ大変だ」、とまたその顔。

今見ると、「よくあるパターン」と思ってしまうが、子どものときは、相当なインパクトだった。「ダダ」ほどではないが、この恐怖体験を多くの人に語った覚えがある

話は、超能力者の易者、ヤスイ老人が、シャドー星人にトラックで命を狙われるシーンから始まる。ヤスイは、03倉庫の爆発、キリヤマの怪我、富士見ヶ原の円盤の存在を予言する。しかし、捜索するも何も出てこない。

責任を問われるキリヤマ。しかし執拗なまでにヤスイの肩を持ち、休暇までとってヤスイの予知した「「明日」を捜しに」スーツで歩き回る。1週間の宇宙パトロールを終えて帰還したダンもキリヤマに共鳴し、同じく「明日を捜しに」行く。

このあたり、今ではやたら芝居がかって見えるが、当時は神秘的で感動していたような気がする。

シャドー星人に拷問され「めちゃくちゃな予言をしろ」と命じられるヤスイ。「その隙に地球防衛軍を爆破。。」と言いかけてあわててやめるヤスイ。それに対しシャドー星人、「恐ろしい男だ。我々の計画を知り抜いている」って、そんなこと誰だってわかるだろう。

Photo_11シャドー星人あやつるガブラは、断ち落とされた首だけでセブンに攻撃を続け、に噛み付く。セブンへのダメージはかなりなものだったようで、倒れこんでしまう。ダンになっても、肩を怪我している。

予知能力がなくなって、もう宇宙人に襲われなくてすむと、頭がおかしくなったように喜ぶヤスイ。なんだか、不思議な味わいのある作品だった。

(ちなみにこのヤスイ老人は、「サインはV」では、寮のおじさん役を演じてました^^)

(写真:「怪獣wiki特撮大百科事典」より)

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http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/cat2841666/index.html

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ウルトラセブン第22話「人間牧場」(ブラコ星人)

★yahoo!で「ウルトラセブン リパッティ」「ウルトラセブン シューマン」と検索された方は、↓こちらの記事のほうがフィットすると思います。↓

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/1_9514.html

●アンヌの命を救うために正体がバレるリスクを冒すダン

アンヌの友人、ルリコのバースデーパーティー。場所は伊豆入田浜。ウェディングケーキのようなでかいケーキ。集うは7、8人の男女。お化粧ばっちり、白いラメの半袖ワンピースをまとったアンヌと、赤いノースリーヴのルリコ。

しかしアンヌは、友人が別荘を持っていたり、盛大なパーティーをやっていたりと、ずいぶんブルジョワ(死語?)な家柄のようだ。アンヌの親は、よくアンヌの就職先に納得したものだ。

飼い犬ジョンのただならぬ鳴き声を聞いて庭に出るルリコ。ジョンは殺されていたばかりか、ルリコも何者かに襲われる。

心配したアンヌ。庭に出ると、プレゼントしたばかりのルリコのブローチを見付ける。アンヌは私服ながらも、白いブーツから何かを取り出し、上に掲げると(灯りを燈したのか?)円盤を発見。本部に連絡する。

駆けつけたキリヤマは、アンヌの両肩に手を置き、「落ち着いて思い出すんだ」と言う。あたかもアンヌが一般人であるかのような対応だ。

ルリコは浜辺で発見され防衛軍内に収容されたが、腕に赤い胞子が付着していて、染色体がどんどん減ってしまっている。

メディカル服のアンヌがルリコの声に気付くと、ルリコは身体がネガっぽい緑色に変色していた。部屋に現われたブラコ星人に襲われるアンヌ。悲鳴をあげ、ダンの名を呼んで倒れる。普通に宇宙人に驚いて叫ぶアンヌは、ここでも一般人のようで、非常に可愛い^^ 倒れている後姿で、上半身は白衣なのに下半身は隊員服なのが判明^^;

駆けつけたダンは、ブラコに立ち向かい、格闘。腕四つで力比べをしていたが、ダンのときの力はどの程度のものなのか。このシーンを見る限りでは、セブンと同等を思われるが。

気付くとアンヌも緑色に変色してしまった。赤い胞子はブラコ星人の食糧で、地球人の女性の身体を「人間牧場」のように利用し、胞子を増殖させようとたくらんでいたのだった。

たった1つの助かる方法は、放射線アルファ73を患者の身体にあてること。しかしこれは、土星の鉱石にしか含まれていない。土星まではホークで3日、患者の生命はあと15時間。苦悩するダン。苦しい感情のときにかかるBGM、M49A「哀惜のバラード」。このあたりは、ダンがアンヌに特別な感情を抱いていることをほのめかす描写だ。

円盤群と交戦するフルハシたち。ホーク3号で救援に飛ぶダン。ダンは「非常手段だ」として円盤群に突っ込み爆発、そこでセブンとなって土星に飛ぶ。キリヤマはなぜかセブンの意図を知っていて、それをフルハシに伝える。どう考えても、ダン=セブンと気付かないほうがおかしいシーンだ。

助かったルリコとアンヌ。でもダンは見つからない。「あいつ無理に突っ込むから」とソガ。「ダンのことだ。きっとどこかで生きてる」とキリヤマ。キリヤマは、ダンがセブンだと知っているようにも見える(そんなことはないのだが)。当のダンは、土星の絵を描いていて、ここで終了。

この作品は、見方を変えると、「自らの正体がバレるリスクを冒しても、アンヌの命を救おうとするダン」がモチーフだと言えないだろうか。アンヌをより一般人に近く描いているのも、そのためだと考えれば納得できるのだろう。

↓他の作品は、当ブログのウルトラセブンカテゴリーでどうぞ!(更新中です)

http://paienne.cocolog-nifty.com/blog/cat2841666/index.html

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ウルトラQの起承転結と『鳥を見た』

大晦日から元旦にかけて、ファミリー劇場で「ウルトラQ」全28作品を一挙放映していた。VHSでは保有しているものの、すべてDVDでは持っていなかったので、とりあえず全部録画。

毎週日曜にやっているほうでは、大晦日に『鳥を見た』が放映された。かなり好きな作品。

ウルトラQの特長として、

・起承転結で終わればすっきりするのに、また「起」だけ提示して終わる作品:『2020年の挑戦』(ケムール人)、『カネゴンの繭』(カネゴン)他

・起承転結の「結」が意味不明の作品:『地底特急西へ』(M1号)他

などがあって、実に味わい深いのだが、このラルゲユウスの『鳥を見た』は、

・起承転結の「転」で終わり「結」がない作品:『宇宙からの贈り物』(ナメゴン)他

のパターン。

実はラルゲユウスの文鳥が巨大化して、ばさばさと飛び去ったまま、疑問や問題が何も解決されないまま終わる。何度見てもいい。名作です。

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ヘンデルの『メサイヤ』

一昨日、バッハ『マタイ受難曲』とハイドン『天地創造』を聴いたことを書いたが、今日は、

ヘンデル:オラトリオ『メサイア』(指揮・チェンバロ:トレヴァー・ピノック、イングリッシュ・コンサート合唱団、イングリッシュ・コンサート)

のCDを聴きながら部屋の整理を続けた。

ということで、この年始休みは、バロックから古典の合唱曲をよく聴いた。このあたりは、世間が静かな「聖休暇」みたいな時に聴くと、非常におごそかな気分に染まってきますね。

オーケストラ+合唱の曲は、生で聴くとさらに圧巻なので、少し意識的に機会を増やしたいなと思う今日この頃です^^

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西武池袋線

愛車BMの不具合で、久々に電車で親戚宅を訪問。西武池袋線、何年ぶりだろう。

記憶では、音楽誌時代にレコード会社の人たちと飯能までテニスに行って以来だから、20年近くぶり?かも。

小学校のときは、保谷に学校の農場があったので必ず年3度乗ってたし、池袋線沿線が多かったクラスの友人宅にもよく行ったし、その親戚宅にも年3度は行ってたし、とても身近な電車だった。

ひばりが丘駅は、たぶんもっと久々。北口を歩いたのは、初めて。北口はマイナーな方の出口で、ちょっと枯れた私鉄沿線駅前の味わいが、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。

知らない駅周辺を歩くのって、かなり好きです^^ 車に乗ってると味わえないことですよね。

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午後に初詣、夜はバッハとハイドン

今日は、明治神宮へ初詣。もう何十年も続けている恒例行事です。

6時頃に帰ってきて、ようやく部屋の片付けを開始。BGMにして聴いたのが、下記2枚のCD。

○バッハ「マタイ受難曲」(ガーディナー指揮、モンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ)

○ハイドン:オラトリオ「天地創造」(アーノンクール指揮、アルノルト・シェーンベルク合唱団、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス)

年末年始の静かな時を過ごすには、ぴったりの曲かも知れません。

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。

2006123031_011昨年末は、静岡まで墓参りに。快晴の中、くっきりとした富士山を拝むことができました。今年で15年めになる愛車のBMWが不調で、レンタカーでの往復でした。

元旦の今日は、新年らしい音楽を聴きながら過ごしました。下記、かなりベタですが。。

・「春の海」「六段」「秋風の曲」「五段砧」ほか

・モーツァルト:クラリネット五重奏曲

・ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

で、今は、元旦恒例のニューイヤーコンサートを観ています。小澤征爾さんがニューイヤーを振って、CDが売れに売れて、毎週のように関連記事を雑誌に書いたり、取材を受けたりした2002年が、昨日のことのように思い出されます。

今年も、「東京エンタメ日記」をよろしくお願い致します。

皆さんにとって、今年がいい年になりますように。

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