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レミー・ボンヤスキー判定勝ち!

昨日のネタですが、「K-1 REVENGE 2006」にて、レミー・ボンヤスキーがモーに判定勝ちした。俊敏な動きから繰り出す飛びヒザ蹴り「フライング・ニー」を初めて見たときは、そのあまりに鋭い切れ味に背筋に戦慄が走ったものだった。

残念ながら今回の試合では、そんな「フライング・ダッチマン」の異名にふさわしい圧倒的な動きは見られなかった。が、何はともあれ、リベンジの勝利は嬉しい限り。早く、絶好調時の姿をまた見せてほしいものだ。

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しにがみのバラッド

アニメ「しにがみのバラッド」の第1話「きみのこえ」、第2話「さかなのころ。」を見ました。ハセガワケイスケのノベルスが原作。真っ白な髪に真っ白なワンピースの心優しい死神、モモが主人公のお話です。モモの死神ナンバーは、100100。「モモ」の名前は、その「百百」から来てるのかな?

娘が原作のファンで、DVDを借りたので、一緒に見てみました。中高時代から、少年マンガと少女マンガを併読してた自分としては、かなりすんなり入っていける世界。アニメフリークでも萌えでもないのですが、こういうのもたまに見ると新鮮で、続きが見たくなっています(笑)

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ALWAYS 三丁目の夕日

DVDで、ようやく「ALWAYS 三丁目の夕日」を見ました!

舞台は、私が生まれる2年前、昭和33年の東京の下町。自分の記憶の中の東京よりも、何もかもがもう一昔前の情景です。

映画では、皆が力道山の試合に熱狂していましたが、私の頃は、日本プロレスでは馬場、猪木、大木、吉村あたりが、国際プロレスでは小林、杉山、草津などが、活躍していました。

また鈴木家には、三種の神器が次々に納入されていましたが、私が物心ついた頃には、3つとも自宅にすでに存在していました。ただし、テレビはスイッチを入れて15秒待たないと画面が出なかったし、洗濯機は絞り機が手動だったし、冷蔵庫は1ドアで冷凍庫もその中にあるもの・・・隔世の感があります。

しかし感心したのは、小説家・竜之介役の吉岡秀隆と、少年・淳之介役の子役が、もうめちゃめちゃ演技がうまい。吉岡秀隆は子供の頃から人々をうならせていたけれど、この子役も相当たいしたものだと思いました。この2人の触れ合いが、なんとも言えず暖かく泣かせる。あの時代ならでは、という感じがします。

ところで、「時代」と「場所」って不思議ですよね。自分が過去に過ごした同じ場所が確かにそこにあるのに、あの時代はもうそこには存在しなく、二度と戻ってくることはない。この感覚、まだうまく人に伝えられないのですが、もう少し自分で分析して、うまく表現できるようになったら、また話してみたいと思います。

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となりのトトロ

先週のハウルに続き、今、「となりのトトロ」をテレビで放映している。この映画は、ちょうどうちの娘がメイちゃんぐらいのときに、娘ともどもよく見たものだった。なんとも暖かくほのぼのとしたファンタジーな映画です。

この映画を見ると、誰もが自分が生まれ育った地域の原風景と重ね合わせ、懐かしい気持ちになるのだろう。私は、残念ながら生まれ育ちが東京の世田谷なので、そのような風景を持たない。かろうじて幼少の頃に数年に一度行っていた、佐賀の母の実家近辺の光景を思い浮かべることで、多少それに近い気持ちになれる。

それにしても、ジブリ作品は、いいものを産み出し続けていると思います。皆さんのベストはどんなですか?私は、

1位 風の谷のナウシカ

2位 耳をすませば

3位 千と千尋の神隠し

かな。ちなみに今、娘に聞いたら

1位 千と千尋の神隠し

2位 となりのトトロ

3位 魔女の宅急便

だとか。

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ジルベルトも佐渡裕も・・・

ジョアン・ジルベルトの東京公演の先行予約が、日曜の新聞に告知された。昔のアドレスで登録して以来、数年ぶりにイープラスにアクセスしたが、気がつくとidもpassも、何もかも行方不明。手掛かりがないので、問い合わせもできないし、新規登録しようとすると、その電話は登録があるから受付できません、と。なすすべもないまま、月曜の締切りを過ぎてしまった。もう、9月の一般受付しかない・・・

それから、8月5日、佐渡裕指揮、都響のシェエラザード、こちらは完全出遅れで電話したら、やはり完売。さすが、佐渡さん。ヤフオクでも、定価より高い出品が1枚だけ。。う~ん。やっぱり人気指揮者のチケは出遅れるとだめかぁ。

そんなこんなで、自業自得ですが、欲しいチケットが入手できないでいます(涙)

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沖縄 ⑤森のカフェ(2005.12.1)

今回2006年7月は行かなかったけれど、何度も話に出した、森のカフェを紹介します。両方とも、昨年2005年12月に行った本部、今帰仁のお店です。

「花人逢」

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森を抜け、小高い丘の上にある「花人逢」。森の上、と言ったほうがいいかな。海も臨める明るい店だ。

12時前に着いたが、そのあとすぐに満員になった。かなり人気のよう。ピザ(写真左)がとても美味だった。

客の半分は外国人だったけど、観光客というよりもなんだか住人っぽかった。

「四季の彩」

その後、マイナーなビーチと今帰仁城跡を経由して、15時過ぎに「四季の彩」でお茶とケーキをした。

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こちらは、まさに森の中。テラス席からの眺めも、一面、緑。沖縄で、海以外に和んだのは初めてかも。

店内はダークブラウンの色調で、展示してある陶芸品の数々と非常にマッチしていた。

 

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沖縄 ④市場本通りにて(2006.7.21)

国際通りから南へ折れる市場本通り。ここは、沖縄の庶民的な商店街として知られる。

そこで、ハーモニカを吹いている人を見掛けた。一瞬、ストリートミュージシャンかと思ったが、よく見たら手にアキカンを持っていた。その人は「物乞い」だった。

だからといって、沖縄の影だとか、県民所得だとか、そんな話をするつもりはない。東京だってホームレスを大量に産んでいる。貧富の差も加速度的に激しくなってきて、自分が路頭に迷わないのに必死だ。

確かに、「物乞い」を見た記憶はある。昭和40年代の新宿西口には、アコーディオンを弾きながら物乞いをする傷痍軍人がいた。

しかし、ゴザの上にアキカンを置き、「右や左の旦那様~」と言っているステレオタイプな物乞いの記憶については、それを実際に見たのか、それが映画やテレビのシーンだったのかは、すでに判別できなくなっている。

沖縄には、日本の過去の情景がそのまま残っている。以前、出張の夜コザで飲んだときもそうだった。

化粧の派手な日本人ホステスが、店の前で米兵を出迎えている。それは、映像でしか見たことのない、昭和20年代の日本の記憶のワンシーンだった。

アジア屈指のリゾート「ザ・ブセナテラス」も、未だに住民を苦しめ続ける米軍基地も、美しすぎる海と空も、そして、こんな昭和の記憶の断片も、すべて沖縄の表情なのだ。

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沖縄 ③失敗の数々(2006.7.20-22)

しかし今回の沖縄は、数多くの失敗をしてしまった。事前にオンラインオフラインの口コミでよく調べないと、ほんとこういうことになってしまう。ワースト3は以下の通りです。

1.国際通り、安里川より奥の沖縄地料理屋「R」

疲れ気味だったので、2泊目に泊まったホテルに程近いからと、安易に選んだのが失敗の原因。

まず、「本日のおススメ」の「ウチナーのてんぷら」が何か聞いたところ、1つも答えられないアルバイト。試しに食べたゴーヤチャンプルーは、味がしなくて醤油をかけた

てんぷらのころももまったりしてるし、紅豚の炒め物は、どんな油使ったらこんなにもたれるのかと思うほど。旅先での一期一会をすっかり利用されてしまった。

2.知念の、海を臨むカフェ「W」

こんなに海と風と鳥と森の音を聞きたい客を相手にしているはずなのに、訳のわからないインストのBGMを流す感覚が、まずよくわからない。

特製ジャワカレーは、市販のジャワカレーの味がした。確かに嘘はついてないが・・・。内装も日本中どこにでもあるような、マリン風(笑)。

女主人?が、都会の疲れたOLのようにまったく愛想がない。やれやれ。

3.Bの丘

昨年、本部の「森のカフェ」がなかなかよかったので、沖縄も海だけでなく、森や山もなかなかいいかと思ってしまったのが、失敗の元。

コンセプトとしては、「森と湖の癒し」だった。けれど、解放されない内陸の熱くこもった空気がのしかかり。湖も池のように小さくて、水草が生え過ぎてて気持ち悪いし。これで¥1100

誰かが観光客を呼ぼうとお金を取るところに、ろくなところはないとわかっていつつ、またやってしまった。

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沖縄 ②ブセナでサンセットディナー(2006.7.20)

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「ザ・ブセナテラス」は、本当に非の打ちどころのないホテルだ。

58号線沿いでアクセスが便利なのに、岬全体に立地しているから、空間が独立している。

吹き抜けのロビーでのチェックインは、否が応でも期待を高めてくれるし、従業員のサービスレベルも非常に高い。

朱色と白を基調とした建物の色は、海と空の青とあいまって、視覚的に気持ちが和む。すべてにおいて、品と質の高さを味わわせてくれる

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今回は、そんなブセナのメインダイニング「ファヌアン」で、サンセットディナー

テラス席で飲むシャンパンとオリオンビールの美味しさは、この世のものとは思えなかった。もちろん、食事も。。

唯一残念だったのは、いつも夕方のビーチサイドを音で彩っていた、森田泰昭氏のソプラノサックスが聴けなかったこと。

ホテルに問い合わせると、「アーティスト都合で・・・」とのことだったが、どうしたのか心配。。

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沖縄 ①知念岬公園(2006.7.21)

2泊3日で沖縄行ってきました! これまで出張以外では、最低3泊はしてた沖縄。さすがに2泊はあっと言う間だった。

ここ数年は、名護、本部、今帰仁といった本島中部を巡ることが多かったので、今回は2日めにレンタカーで南部へ

本島南部を走るのは、1987年、2001年に続いて3度め。南部は、リゾートリゾートしていなく、かといってうらぶれた感じもしなく、ただただ広大な海が印象的な地域である。もちろん南部を語るのに、戦争のことは避けて通れない。

2001年のときは、一人で平和記念公園に行き、10万人を超える戦死者の名が刻まれた石碑を見て、その重みと一体になった。でも今回は、とにかく雄大な景色を探したかった。

2006_39_4それであたりをつけたのが、南部最東端の阿座真、知念周辺。このあたりは、最近流行りの「海に臨むカフェ」もちらほらできているようだし、手持ちのガイドブックには載っていないが道路地図を見ると知念岬には公園があるようで、この周辺を探索することにした。

結果、これが大当たり! 知念岬公園に向かう案内の標識は非常に地味で、細い道の突き当たりにはうらぶれた体育館があり、ひと気もなく、駐車場には休憩中のタクシーが1台だけ。「期待を持たせない」ための条件(笑)は、十分に揃っていた。

しかし、小さい案内図に沿って階段を降りて行くと、誰もいない美しい公園が眼前にたたずみ、その先には、まさにパノラマな光景が拡がっていた。

2006_43_3見渡す限りの海と空、少し先には久高島も臨める。亜熱帯ならではの太陽と空気に包まれながら、自然が織り成す感動的な造形を見ていると、自分も無になっていく感覚を覚えてくる。

公園には、平成17年12月31日付「知念村閉村記念碑」というモニュメントがあった。4つの町村が合併して、昨年末に知念村はなくなったようだ。

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岬に行く前には、知念村郵便局に寄った。沖縄の地域限定発売の切手を購入。世界遺産10種は、久々のシート買い(笑)。

岬のあとに、「海を臨むカフェ」の1つでランチ。ここは、すべてが今ひとつだったので、仕切りなおしで老舗の「山の茶屋 楽水」(写真)に向かう。

2006_47_3しかし、なんと4日ほど改装中。かきいれどきのはずなのに、さすが、てーげーなヒトたちだなぁ。

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明日から沖縄

明日から、木金土と、10度めの沖縄に行ってきます。出張以外で、2泊3日は初めて。今年の夏は何かとばたばたしており。。。ぎりぎりで台風大丈夫かな?? 

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「光源」 桐野夏生

桐野夏生の「光源」を、この数日間で読んだ。この作品を読むのは、2度め。桐野夏生作品は、たぶん8割がた読んでしまっているので、ここのところ、2度め読みも増えてきている。

私のなかで「光源」は、好きな桐野夏生作品の5本に入る。「グロテスク」「OUT」「柔らかな頬」の圧倒的な凄みこそないが、逆にこれらの小説は、あまりに非日常が舞台。「光源」はその点、映画制作の現場が舞台となっているから、基本、日常である。だからこそ、桐野夏生の得意とする、人間の悪意や本音を鋭く抉るように描出していく手法が、よりリアリティを持って届く。

登場人物たちは皆、貶めた言い方の裏側に誇りをもって、自分のことを「映画の奴隷」と呼んでいる。そんなふうに自分の好きなことだけを貫けたら、いい人生だろうなと、思う。映画制作現場の心理的な葛藤は圧巻。エンタメ業界好きな人には、なおのこと面白い1冊だと思う。

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2006年7月17日麻生フィル ミューザ川崎公演

17日(月・祝)は、ミューザ川崎において、友人Nが在籍する市民オーケストラの演奏会が開催された。今まで聴いたなかで、たぶん最高の出来栄えだった。まとめやすい曲だったことや、ホールがよかったこともあるが、演奏技術も確実に上がっているのだろう。名曲系の演目ということで、とくに何も考えずに行ったのだが、実はかなり好きな曲がラインナップされていることに、聴いていて気付いた。なかでも、下記の3曲。

・グランドキャニオンより「日の出」

初めてクラシックのLPを買ってから、たぶん5枚以内に買った記憶がある曲。カップリングは確か「パリのアメリカ人」。レーベルはRCAだったかな。今探したけど、そのLPは見つからないので、演奏者などは不明・・・その後CDではドラティ指揮デトロイト響を愛聴。このディスクも、CDプレイヤーを買ってかなりすぐに購入した。雄大で感動的な「日の出」は、CDとマッチして、よく聴いた。

・イーゴリ公より「だったん人の踊り」

その友人Nが、中学3年のときに全校の合唱コンクールで歌って、初めて知った曲。その後、高校でクラリネットを始めてから、「クラリネット序奏付き」があると知り、指をまわすまわすそのソロを音楽室で吹いては、悦に入っていたのを思い出す。

・ペルシャの市場にて

これは、小学校の昼休みに流れていた校内放送で知った。サビの甘美なメロディを、いたく気に入っていたものだった。今聴くとやはり俗っぽいけど、小学生の心をつかむのには、充分なものだったのだろう。

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久々に「さびしんぼう」を見る

3連休の中日、久々にDVDで「さびしんぼう」を見た。この映画は、1985年の作品で、私の好きな映画の1つである。90年代に入ってレーザーディスクを買ってからは、毎年1回は見ていた。ところが、6、7年前にたぶんソフトの異常で片面(映画の前半)しか見られなくなり、そのうちハードも壊れてしまい。そうこうしているうちに、世の中DVDの時代になってしまった。で、DVDで去年ソフトを買い直したが、まだ見ていなかったので、かなり久々に見ることになる。

これは映画だけではないが、若い頃に見て感動した作品を改めてこの歳で見ると、自分の変化が大きく、なかなかその当時のように感動できないことが多い。また、以前は主人公の立場で見ていたのに、今では主人公の親世代の立場で見てしまって、すっかり視点が変わってしまった、ということも多い。

しかし、「さびしんぼう」。見事なまでに、主人公の立場で見ることができた。そして、全編を通して伝わってくる切なさ、暖かさは、全く以前と変わらない感触だった。主人公たちは16歳。今回一緒に見た、うちの娘と同じ歳なのだから、自分はすでに藤田弓子演ずるお母さん世代である。なのに、すっかり尾美としのりに感情移入してしまう。富田靖子のはかなげな美しさも、圧倒的に際立っている。ラスト前、さびしんぼうとお母さんの誕生日前日の、2つの別れのシーンは、痛いほどに気持ちを揺さぶる。「別れの曲」のフィーチャリングもいい。(実は単純だけど、以前この映画を見て本気で「別れの曲」に練習に取り組んで、なんとか制覇することができた)。

大林監督作品のなかでも、最も好きなこの作品、一生のうちにまだまだ何回も見ることになるだろう。50代になっても60代になっても、きっと16歳の気持ちになれる映画だと確信している。

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15日東響芸術劇場演奏会「春の祭典」

今日は6時から池袋で、東響の演奏会を聴いた。メインは「春の祭典」。大友直人氏指揮の演奏は、第一部のラストからキレの良さを見せ始めたものの、かなりオーソドックスなものだった。なので、曲の話をメインにしたい。

しかし、「春の祭典」。何度聴いても、まったく飽きることがない。いつでも斬新。もうすぐ初演から100年が経とうとしているのに、新しい。不思議だ。美しいメロディもなければ、きれいな和音もない。目まぐるしく変化する拍子と不協和音。なのに、心地よい。あたりさわりのない綺麗な音楽が嘘臭く表面的だとすると、実に本質的だ。

「春の祭典」は、混沌として平静を保てない人の心を、中和する作用がある。毒をもって毒を制す、というのと似ている。だから、拠り所がなく不安に掻き立てられることを強いられる現代人には、ぴったりの曲なのだろう。

ちなみに、私のココログのアカウント、russie-paienneは、「春の祭典」の tableaux de la russie paienne en deux partiesから引用させてもらっています。

<私の「春の祭典」のベスト盤>

・リッカルド・シャイー指揮 クリーヴランド管弦楽団 1985

・ファジル・サイ ピアノ4手版 1999   

(今日一緒に聴いた友人Mに、ピアノ4手版はファジル・サイの編曲とか思い込みで言ったが、今調べたら1912年にストラヴィンスキーとドビュッシーで演奏しているようだ。適当なこと言ってすまんです)

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伊江島と花(昨年の写真ですが)

ひたすら文字ばっか書いてきましたが、東京も熱帯みたいになってきたので、沖縄の写真でもアップしてみます。ここのところ、毎年行っている沖縄、昨年は11月から12月にかけて、一人で行ってきました。この日は、朝8時に集合して、沖縄に移住したライターIさん夫妻と、1日ドライブ。なんだか久々の遠足気分でした。宜野湾を起点に、恩納村から名護、本部町を一周。やちむんとグスクと森のカフェと海と花に癒された1日でした。

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インド料理「S」

今日は、中学時代からの友人Nと21時に待ち合わせ、新宿東口のインド料理「S」に行った。この店に行き始めたのは、大学3年のときからだから、付き合いは長い。インド本場の味を売りにしているのではなく、日本人の好みに合わせたジューシー&テイスティーな味は、昔から気に入っている。今日は、食べ放題コースができていたので、私はサラダ、友人Nはカレーを中心に食べた。

初めて行ったのは、渋谷センター街の確か6階の店だったかな。大学生にとって、1回の食事が1000円を超えるのは、かなり贅沢なことだった。でもなんだか、インド料理に病みつきになっていたから、よく行った。この渋谷店は、今はもうない。下北沢店は衝撃だった。ある夏、満を持して食べに行ったら、NOVAになってたのだから。六本木店は、たまに行っていたが、21世紀になってから4年半ほど六本木で仕事をしてたときには、かなりの頻度でランチに行った。今日はそれ以来、1年ぶりかも。

まったく今日みたいに、亜熱帯というよりも熱帯に近いような気候のときには、インド料理はフィットする。でも最近、身体に来るんだよな~。。。

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「デスノート」4~6巻

昨日、会社の同僚が「デスノート」の続きを持って来てくれて、帰りの電車で4巻、家に帰って5、6巻を読んだ。しかしますますおもしろい。内容が濃い。普通マンガって、20~30分で1巻読み終わる。しかし「デスノート」は、台詞を読み込まないときちんと理解できないので、1冊1時間はかかる。

娘も久々に、はまっている。とくに、死神のリュークをいたく気に入っている。監視カメラを付けられ、好物のリンゴを食べるのをストップされたあたりが、最高におもしろいようだ。確かに、自分もそこは妙に病みつきになる感じである。2巻195ページ、ライトの「見たくないな……」に対し、「だろ?」というリュークの右手、3巻29ページ、「ライト、早く早く」とほんとに逆立ちしてるリューク、あたりが最高傑作かも(^^

そういえば、リュークのグッズをバッグにつけている女子高生を、電車で見かけた。死神リュークが可愛い、という感覚は、この世代共通のものなのかもしれません。

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「さぼてんとマシュマロ」最終回と「田園」

昨日11日は、ケーブルで見ている「さぼてんとマシュマロ」(1971年~72年)が、最終回を迎えた。吉沢京子が今見てもかわいい、という話もしたいが、最終回の重要なシーンに、「田園」(ベートーベン交響曲第6番)の4楽章が、数分間に渡って使われていたのには驚いた。

最終回の重要なシーンにクラシックの曲を数分間にわたって使用する、と言えば、なんと言っても「ウルトラセブン」の最終回、ディヌ・リパッティのピアノによる「シューマンピアノ協奏曲」だろう。もし自分が当時「サボテンとマシュマロ」を見ていたら、「ウルトラセブン」のときと同じように、この曲は何か、誰の演奏か、と探し始めただろうか。

ということで、がっしりした「田園」を聴きたくなって、封をあけていなかったジュリーニ指揮ミラノスカラ座管の「田園」を聴いた。骨格のはっきりしたいい演奏だった。

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巨人ファンじゃなくなって5年・・・

それにしても巨人が負け続けている。そんなことも、どうでもよくなっている自分の変化には驚く。

物心ついた頃から、ジャイアンツファンだった。「それは違うだろう」と思うことがあっても、ずっとファンだった。意識的に嫌いになろうとしても、なれなかった。ビールを飲みながら、テレビで野球観戦をするのは、夏の夜の楽しみだった。後楽園球場や神宮球場にも、応援に行ったものだった。

それが、21世紀になったある日、工藤が、清原が、江藤が、ジャイアンツのメンバーとして戦っている姿を見て、突然大きな違和感を覚えた。この人たちって、巨人の好敵手だったんじゃなかったっけと。なんでみんな引っこ抜かれてここにいるの。そして、40年間嫌いになりたくてもなれなかった巨人が負けると嬉しいという感情が、芽生えてきた。だんだん、ナイター中継を見なくなり始めた。その後、某オーナーの言動にいちいち腹を立ててるうちに、嫌いという感情さえなくなって、どうでもよくなった。

今年のWBCの感動は、まだ鮮やかだ。でも、今年もまだ一度もナイター中継を見ていない。ユーザーのマーケティングを怠り、競合の動きに鈍感で、自分たちの大事な資源を育てない・・・ってほんとビジネスの3Cを無視すると、こういうことになるんだね。

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「100万回の言い訳」唯川恵

金曜の帰りに買った「100万回の言い訳」を、土曜のテニスの後に読み終えた。彼女の作品は初めて読んだ。こないだも書いたけど、ここのところ桐野夏生や東野圭吾といった、刺激の強いジャンルのものを読んでいてから、結局何も大事(おおごと)にならないまま終わってしまうのには、物足りなさがあった。

いっぽう、自分たちをとりまく現実というのは、いつもいつも身近な誰かが死んだり極端な不幸が訪れたりする訳じゃないから、この作品で起きるぐらいのことでもけっこう大事。だからこそ、そこに共感したり、違和感を覚えながら、等身大の自分に問いかけることがリアルにできるのかもしれない。

読んでいて、いつも思うことに行き当たったのが、人生の選択の可能性が多いことは、一見幸せなようで実は常に後悔や苦しい迷いを伴うということ。逆に、初めから身分も職業も住居も結婚相手も決定している(選択肢が非常に少ない)ような環境は、はたからは不幸に見えても、後悔や迷いは少ないのだろうな、ということ。

もう15年も前に、GONTITIの取材をした。そのとき確か松村さんが、「<風流>とは、人生の選択を迫られたときに、自分で決めずに風の吹く方に行くこと。自分で決めると後悔するけれど、風の吹くままならば後悔がない。風流な生き方とは、風に流されて後悔のない人生のことを言うんです」と言っていた。未だに、ときどき本当にそうなのかと考えるが、答えは出ていない。

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今日はT社テニス練習に参加

今日の午後は、T社主催の月1回のテニス練習に参加。陽が照っていなかっただけまだよかったが、少し遅れて到着したときに、いつもはキレのいいいプレイのO氏ですら、すでに「あがり」になっており・・・実際私も2試合消化したところで、この湿度も気温も高くほとんど無風の状態はかなり堪えてきて、またたくまに消耗戦のような状態となった。

しかし、いつものことだけど、全身から汗を絞り切った状態は、実に清々しい。まさに「ワタシのなかのヨカらぬものが~」すべてきれいさっぱり流し出された感じがする。そして飲み干すビールは、この季節ならではの至福の瞬間・・・デス。

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神田から新宿へ

今日は、久々に7時前に仕事を終了。とりあえず、知り合いが働いている神田のMという店に寄り、軽くビールとカクテルで1時間過ごす。そのあと新宿の「聖地」タワーレコード9階に、ボッサのCDを買いに行こうと思ったのだが、JRの南口があまりに混んでたので、やめてルミネの5階へ。昔、青山ブックセンターだったBOOKS1stで、最近文庫化された唯川恵の「100万回の言い訳」を買って帰る。ここのところ、桐野夏生や東野圭吾といった、刺激の強い本ばかり読んでたので、最初の100ページ、スパイスの薄い出だしにややとまどったが、このあとの展開は面白そうかも。

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ドラマ「不信のとき」

2000年以降、ほんとにドラマを見なくなったのですが、今日は、つい「不信のとき」の第1回を見てしまいました。あまりに年齢や環境が違う若者系だと最初からあまり見る気がしないのですが、石黒賢は確か同じ歳だったし・・・みたいな。ていうか、

石黒賢 と言えば「蒼が散る!」

石田純一 と言えば「抱きしめたい!」

松下由樹 と言えば「想い出に変わるまで」 (以上、正式表記未確認)

世代の私としては、登場人物の馴染み感から見てしまったのかも。。。このままこの展開で行くと、あんまり内容なさそうな感じですが、何か人生の真理が新たなアプローチから見えてきたりするといいかなとか。無理かな~(^^;

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サン=サーンス「クラリネット・ソナタ」のこと

モーツァルトやブラームスと同じく、サン=サーンスもクラリネット作品を晩年に書きました。しかも、オーボエ、ファゴット作品とともに! 彼が亡くなったのは1921年12月、この年の6月に完成したこの3曲はまさに彼の白鳥の歌なのです。

この曲を初めて知ったのは、高校2年のとき。オーケストラ部のOBでクラリネットの超名人O先輩が、私の学習用として、カセットテープに録音してくれた曲の1つでした。そしてこの曲、このCD(CALLIOPE / LES SONATES POUR INSTRUMENTS A VENT)は、今も私の愛聴盤の1つです。

ここには、大袈裟な絶望も無邪気な歓喜もありません。ただ人生の最後を予感するものだけが味わうであろう、諦観と微かな希望の間を揺れ動く柔らかな心情が綴られるかのようです。1楽章の一連のフレーズは、とくにそんな知ってはいけないような境地を知ってしまう思いです。

また3楽章は、息を呑まずには聴けません。2オクターブ下と上で同じフレーズが奏でられるこの楽章は、クラリネットの表現力の豊かさを思い知らされます。最もクラリネットらしいクラリオン音域の後半の緊張感と美しさは、ただならぬものがあります

サン=サーンスがこんなに美しい曲を遺して亡くなったことを知っている人は、そう多くはないと思います。鑑賞として木管のソナタを愛好する人は稀で、演奏者でないと、なかなかこの曲にはたどり着かないと思います

またこのディスクもそれほどメジャーではない、フランスのカリオペというレーベルのものです。このディスクを所有するのも奇跡に近いのかも知れません

人と人の出逢いも奇跡のようなものですが、人と音楽、また様々な作品との出逢いもまた奇跡のような偶然によるものだとつくづく思わされます。

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「恋のマイアヒ」が懐かしい

iTunesを整理してたら、昨年大ヒットした「恋のマイアヒ」が出てきて、久々に聴いてみた。しかし懐かしい。去年の夏が、そのまま曲の中にプリンティングされてる感じ。こんな感じで瞬間風速的にヒットした曲は、必ず○○年の夏、といったように時代とともに語られるようになる。そして、誰もがその曲を聴くと、その曲を耳にしながら過ごした季節を思い出す。。。ポピュラーミュージックの最大の効用であり、逆に言うとスタンダードとして時代を超えることの難しさもそこにあるのだろう。

ところで私の場合、高校時代に浴びるようにクラシックばかり聴き倒していたため、一部のクラシック曲にもこの現象が当てはまる。いまだに、ただただ高校時代がプリンティングされていて、懐かしさが先に立つ曲がかなりあるのは、どうしたものかなあと思ったりもします。。

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「N響アワー」岩城宏之さん特集

「N響アワー」で、先日逝去された指揮者の岩城宏之さんの特集が組まれた。自宅の資料を見ると、私が初めて氏の演奏会に行ったのは、1977年3月26日15時からの、N響プロムナード・コンサート。高校2年になる春休み、確かメインは「シェエラザード」だった。初めて生で聴くこの曲の色彩感に、魅了された覚えがある。

番組では、クラリネット主席だった浜中浩一氏や当時のN響の団員の方々など、氏のゆかりの方々が登場していた。当時は、N響をメインに演奏会に行っていたし、10代だったから団員の名前もよく知っていたので、かなり懐かしかったです。。

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友人Sの結婚式

今日は夕方から、友人Sの結婚式に行ってきた。Sは、私が大学時代にアフタースクールで通った英会話学校の友人。そこで知り合った、同じ早稲田の3年だった4人の付き合いは、いまだに続いている。

振り返ると、大学生が軽く明るくメジャーにポジティブに活動し始めていたあの80年代からずっと、4人で会うといつもそんな楽しげな雰囲気を保ち続けている。当然誰もが身に起きる、辛いこと、苦しいことはあまり話して来なかった。だからこそ、いつもみんなから幸せと元気をもらえてきた。自分もみんなに負けずに前向きに生きて行こうと思えてきた。4人はきっとそんな仲間なんだなと、今日左隣りに座った、4人のひとり、R嬢と話していた。

Sは、紆余曲折を経て、邦楽・和楽器のイベントやCDのプロデューサーをしている。そんな仕事が、以前からあったわけではない。それは、彼が自分の力で切り拓いた分野であり職業なのだ。奥さんは、自ら和楽器を嗜み、気付いてみると自分が興味を持って足を運ぶイベントが、すべてSのプロデュースによるものだったという。それが二人のなれそめなのだ。そんな価値観を共有している2人は、きっと永くお互いを信頼していけるベストパートナーなのだろう。

今日もSの心底幸せそうな姿を見て、自分もさらにポジティブになれそうな気がしてきた。ありがとう、S!これからも、お互いに元気を与え合う仲間の一人でいたい。

それから右隣りに座ったのは、Sのお姉さんがやっている長瀞のカヌースクールで知り合って以来、久々に会うU氏。彼は山梨に住んでいるのだが、相変わらず地方ならではの20畳の専用ルームで、オーディオを楽しんでいるそうだ。また、以前はオーケストラ、最近はオペラでよく東京に来ているという。ちかぢか、サントリーホールか新国立劇場で会う約束をして、ニューオータニをあとにした。

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