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15日東響芸術劇場演奏会「春の祭典」

今日は6時から池袋で、東響の演奏会を聴いた。メインは「春の祭典」。大友直人氏指揮の演奏は、第一部のラストからキレの良さを見せ始めたものの、かなりオーソドックスなものだった。なので、曲の話をメインにしたい。

しかし、「春の祭典」。何度聴いても、まったく飽きることがない。いつでも斬新。もうすぐ初演から100年が経とうとしているのに、新しい。不思議だ。美しいメロディもなければ、きれいな和音もない。目まぐるしく変化する拍子と不協和音。なのに、心地よい。あたりさわりのない綺麗な音楽が嘘臭く表面的だとすると、実に本質的だ。

「春の祭典」は、混沌として平静を保てない人の心を、中和する作用がある。毒をもって毒を制す、というのと似ている。だから、拠り所がなく不安に掻き立てられることを強いられる現代人には、ぴったりの曲なのだろう。

ちなみに、私のココログのアカウント、russie-paienneは、「春の祭典」の tableaux de la russie paienne en deux partiesから引用させてもらっています。

<私の「春の祭典」のベスト盤>

・リッカルド・シャイー指揮 クリーヴランド管弦楽団 1985

・ファジル・サイ ピアノ4手版 1999   

(今日一緒に聴いた友人Mに、ピアノ4手版はファジル・サイの編曲とか思い込みで言ったが、今調べたら1912年にストラヴィンスキーとドビュッシーで演奏しているようだ。適当なこと言ってすまんです)

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